Amazon Prime Videoでたまたま目に入った『ジ・オファー / ゴッドファーザーに賭けた男』という10話の連続ドラマを見たことで、本編が見たくなり、『ゴッドファーザー』(1972)を見ました。
それを見ると、どうしても続編の『ゴッドファーザー PART II』(1974)が見たくなります。というわけで、Prime Videoを利用し、それを見ました。
『ゴッドファーザー』は、『ジ・オファー』で描かれたように、アルバート・S・ラディという人物がプロデュースした作品です。その続編となる『ゴッドファーザー PART II』の製作からラディは降りています。
当時、パラマウント映画で製作部門のトップだった人物に、ロバート・エヴァンスという男がいます。彼がラディに命じて、『ゴッドファーザー』のプロデュースをさせています。
エヴァンスは映画作りを金儲けと結びつけて考える男です。『ゴッドファーザー』が成功したことで、これをシリーズ化すれば金の成る木になり、君の人生は一生安泰だ、とウディに持ち掛け、続編のプロデュースもするよう誘う様子が『ジ・オファー』で描かれています。
ウディはエヴァンスとは違い、映画という表現を、もっと純粋に考えているところがあります。自分たちの表現したことが認められ、その結果、興行的に成功するものなのだ、と。
ウディとしても、イタリア系移民の暗部を描く作品にまた携われば、裏社会との交渉役に回らなければならないことが連想され、続編の製作には二の足を踏んだ面があったかもしれません。
本作の製作には、前作に続いて監督を務めたフランシス・フォード・コッポラのほか、グレイ・フレデリクソンとフレッド・ルースの2名が名を連ねています
このうち、ルースについて書かれたネットの事典 ウィキペディアには、次のような記述があります。
「業界で最も才能を見抜く目」として評判を得ており、『ゴッドファーザー』のアル・パチーノ、 『アメリカン・グラフィティ』のハリソン・フォードとリチャード・ドレイファス、 『スター・ウォーズ』 のフォードとキャリー・フィッシャー、 『アウトサイダー』のトム・クルーズ、マット・ディロン、ロブ・ロウ、パトリック・スウェイジなど、数多くの俳優のキャスティングを担当した。
『ゴッドファーザー』シリーズのマイケル役にアル・パチーノを推薦したのは、もしかしたら、ルースだったかもしれません。
続編の『ゴッドファーザー PART II』は、前作の2年後、1974年に公開されています。コッポラをはじめ、ほぼ同じスタッフで製作されています。
『ゴッドファーザー』が成功したことで、五里霧中の状態で製作された前作と違い、見通しが持たれた中でスタートできたことで、はじめから潤沢な製作費があてられたそうです。
作品の評価も、本作が前作よりも高いようです。ただ、久しぶりに本作を見た私の感想としては、作品の出来栄えは、前作のほうが上のように思われました。
一番の違いは、前作は、イタリア系移民の人間を真正面から描くという意気込みのようなものがあったのでしょう。だから、作品のはじめのほうで描かれる、コルリオーネ家の娘の結婚披露パーティーに、一目でイタリア系の人間とわかる役者やエキストラを無数に出演させています。
一方、続編となる本作でも、パーティーの場面が描かれます。一家はニューヨークから、ラスベガスのあるネバダ州へ本拠地を移しています。
そのことで、イタリア系移民だけが固まって生きていかなくなったからでしょう。パーティーに集まった人々から、イタリア系の血が薄まっています。
本作は、ドンからファミリーを受け継いだ、ドンの三男、マイケルと、ドンであったヴィトーがイタリアのシチリアからアメリカへ渡り、裏稼業でのし上がる様子が交互に描かれます。
若い頃のヴィトーを演じるのは、イタリア系俳優のロバート・デ・ニーロです。
デ・ニーロといえば、私も好きな『タクシードライバー』で演じたトラヴィスがすぐに思い浮かびます。
この『タクシードライバー』が公開されたのが1976年で、本作のほがそれより2年前だったことがわかります。
マリオ・プーゾの原作に、ヴィトーの少年、青年時代が描かれているのかどうか、私は知りません。
ヴィトーが少年だった頃、土地を仕切っていた男に歯向かったことで、両親と兄を失っています。ヴィトーは少年であったにも拘わらず、命を狙われ、周囲の人々に守られて、米国へ単身で渡ります。
ニューヨークに生活の基盤を築いたヴィトーは、次第に、周囲の人間の相談事を引き受けるようになり、のちにつながる稼業へとつながっていきます。
ヴィトーが暮らすイタリア系移民のコミュニティにも、力によって地位を得ている男がおり、ヴィトーは、男への復讐心を育てていきます。
一方のマイケルは、コルリオーネ家のドンの地位で、ファミリーを束ねることに力を注ぎます。
本作が公開されたのは、1974年で半世紀昔の52年前です。現在本作が新作として公開されたら、世間の受け止め方は違ったでしょう。
マイケルは、自分を脅かすものを決して許しません。相手が妻であっても同じです。妻のケイが、少しでも反抗的な態度を示すと、威圧によって、妻の言い分をシャットアウトします。
これは、パワーハラスメントの典型例ではありませんか。
マイケルは、態度で相手を威圧するだけではありません。対する相手の命を奪うのです。
マイケルの兄にフレドがいます。彼はマフィア一家には向かない性質の男でした。人の好さは、一家に歯向かう側への隙となってしまいます。
それと気づかずに、フレドはファミリーを不利な状況に追い込んでしまいます。それを知ったマイケルはフレドを拒絶し、もう兄弟ではないと本人にいい、接触を一切拒否するようになります。
終盤、フレドがマイケルの息子アンソニーに、釣りの極意を話して聞かせるシーンがあります。
昔は、一家で釣りに行くことがあったそうです。ほかのみんなは魚を釣ることができなかったのに、なぜか、フレドだけは、釣りに行くたびに魚を釣ることができたというのです。
彼はマイケルの息子に、マリア様にお願いするのだ。そうすると、魚が釣れる、と話します。
フレドは、モーターボートで、家の前に広がる湖の釣り場へ向かいます。マイケルは自宅の窓越しに、フレドのボートを見送ります。そのあとに起こることを知っている顔で。やがて、夕闇の中に、一発の銃声音が響き渡ります。
マイケルは家族を守るといいながら、彼のしていることは破壊以外の何物でもないように思います。事実、彼がドンになって以降、家族はどんどん不幸になっていきます。
本作の脚本を原作者のマリオ・プーゾと練り、メガホンをとったコッポラ監督が、たっての願いで、マイケルにアル・パチーノを起用しました。
それまでほぼ無名だったパチーノは、『ゴッドファーザー』シリーズで一躍有名になり、その後の成功を手にしました。
ただ、彼の演技を見ていると、彼が演じられる役柄は限られているように思えなくもありません。本シリーズに関していえば、眼光鋭い演技しかしていない印象です。
身長も高くなく、見た目もそれほどいいわけではありません。別の俳優にマイケルを演じてもらったら、本シリーズが別の魅力を持った可能性さえ考えてしまいます。
もしも、フレドがドンを継いだら、ファミリーは崩壊したかもしれません。しかし、家族の一人ひとりは、マイケルのときよりも幸せに生きられたでしょう。
全体を通して、本作よりもオリジナルの前作のほうが、個人的には好みです。前作は、本来の目的であった、イタリア系米国人の血が濃く感じられました。
このあと、『ゴッドファーザー PART III』に位置付けられた作品を、Amazon Prime Videoで見ることにします。Prime Videoでは、一旦、本日まででPART IIIの公開は終わります。
