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オールド「日々の独り言」

2009/04/28 正直な人だった手塚治虫

手塚治虫と聞いて、どのようなイメージと共に手塚さんを思い出すでしょう。今や、手塚治虫といえば、“漫画の神様”と祭り上げられ、下へも置かぬ扱いです。

たしかにそれだけの価値がある人物で、私も手塚治虫は、作品世界以上にあの人物像が好きだったりします。あれだけの人物はそうそういないであろうと考えることもあります。

その一方で、世間に流布する一面的すぎる手塚治虫像に居心地の悪いものを感じたりするのもまた事実です。しかし、テレビで手塚さんの特集が組まれますと、誉め上げるだけで、居心地の悪さの理由について語られることは多くありません。

その点、先週、NHK衛星第2で放送された「週刊・手塚治虫」は見もの、聞きものでありました。

この番組では、毎週ゲストをひとりお迎えし、手塚治虫と作品について語ってもらっています。その日(24日)ゲストにお招きしたのは、映画監督の大林宣彦さんです。

大林さんは71歳になられるそうですが、番組が始まって早々、大林さんの口から意外な発言が飛び出しました。司会役を務める石澤典夫アナウンサーは、大林さんのこの発言を聞き、これから先どのように番組をまとめていくべきか、との思いが一瞬頭の中を駆けめぐったのではなかろうかと思います。この手の司会者に求められるのは、可もなく不可もない番組進行であることが多いからです。

そんな石澤アナの心境を知ってか知らずか、大林さんは、石澤アナからの質問に答えるように、次のような大胆発言をしました。

私に限らず、同世代の人間が手塚漫画から離れ始めたのが『鉄腕アトム』だった。

どうです。この先が面白くなりそうな発言ではありませんか。「どうせまた、手塚さんを持ち上げるような話に終始するのだろう」と半分斜に構えて見始めた私は、大林さんのこの発言に「お!」と身を乗り出し、以後は番組に正対して見続けたのでした。

大林さんがこのように感じられた理由が私にもわかるような気がしました。大林さんは続けて、その理由をズバリと述べました。「アトムがいい子過ぎたからです」と。

そうです。私もアトムにはそれを感じていました。本コーナーでもかつてそのことは書いていますが、人間の友達になってくれるようなロボットを選べるとしたら、私はアトムよりも、『パーマン』に出てくるような、どこか抜けたところのあるキャラクターやコピーロボットの方がいいです。

そうです。大林さんがおっしゃったように、アトムはいい子過ぎます。

大林さんが手塚漫画に出会った頃、大林さんは広島の尾道に住んでいたそうです。大林さんも漫画が好きで、のちに自分でも漫画を描いたりしたこともあったそうですが、歳は12歳ほど手塚さんが上で、手塚さんが19歳のときに新聞で漫画の連載が始まったそうですから、大林さんは小学校へ上がるか上がらないかぐらいの頃に手塚漫画に出会ったことになります。

大林さんもご自分の漫画に自信をお持ちになっていたのか、はじめは「自分よりちょっと絵のうまいお兄ちゃん」ぐらいに考えていたそうです。

今でこそ、漫画という表現手段は市民権を得、大人がそれを悪くいうことはありません。それどころか、麻生太郎首相などは、進んで自分の漫画好きを自慢げに語るほどです。

しかし、大林さんが手塚漫画に接し始めた頃、手塚さんの漫画は本屋には置いてなかったそうです。そうした子供向け漫画は、表紙が赤いことから赤本などと呼ばれ、おもちゃ屋さんにおもちゃと一緒に並べられていたそうです。世間や大人の評価も、その程度のものだったのでしょう。

また、手塚治虫が描いた漫画の表紙を開くと、そこには女の子がスカートから真っ白なパンツをのぞかせていたり、放漫な胸が描かれていたりして、大林少年も、大人の目から隠れるように盗み見ていたそうです。大林さんは、番組の中で「セックスというものを一番学んだのも、いけないお兄ちゃんの手塚さんの漫画からなんです」と告白されています。

そのように、子供時代に“いけない手塚お兄ちゃん漫画”に接した世代の人間には、その後に登場したアトムが、あまりにもお利口さんすぎて違和感を持ってしまう、というのはごく自然な反応といえましょう。

たとえば、手塚さんの初期の作品に『ロスト・ワールド』という漫画があります。漫画もひとつの表現手段ですから、そこから何を感じ取るかは読み手次第です。大林さんがそこから感じ取ったというお話を番組で披露しています。

この物語に、アセチレン・ランプという奇妙な悪漢が登場するのだそうです。その悪漢も乗るロケットの中。食べ物が底を尽き、堪えきれなくなったアセチレン・ランプは、あろうことか、植物少女の“もみじ”を食べてしまうのだそうです。

大林さんはいくつの頃にそれをお読みになったのか知りませんが、そのシーンを「どう見ても強姦のシーンだ」と感じたそうです。そのことを、後年、手塚さんに尋ねると、手塚さんはあっさりと認め、オリジナルは数十ページにわたって描いたと教えてくださったそうです。

それを描いたとき、手塚さんはまだ血気盛んな20代でしょうか。手塚さんは「自分の中にあるドロドロした想いを漫画にして吐き出すことでスーッとした」と正直に述べたそうです。

そうです。大林さんは、番組の最後にこんなことをおっしゃっています。

手塚さんは立派な人なんかじゃなかった。でも、正直な人だった。

これは以前にも何かで見聞きしたことがありますが、あの手塚治虫は、一面、とても嫉妬深い人間でもあったそうです。

手塚さんの後輩として登場してきた、たとえば石ノ森章太郎らにもそうした感情を持った時期もあったでしょうが、自分よりも漫画の才能に恵まれ、その先に明るい将来が約束されているような漫画家が現れると手塚さんは猛烈に嫉妬し、「殺してやりてぇ!」と正直に思うようなところも持っていたようです。手塚さんを擁護しておけば、それが手塚治虫という人間のすべてではなく、そうした人間として醜い一面が自分の中にあることを隠そうとしない正直な人間ということになりそうです。

よくいるでしょう。世の中に。生きた人間であれば当然醜い部分も併せ持っているはずなのに、それを綺麗に覆い隠すような人間が。私はそういう人間が大嫌いで、それだから、「いい人は嫌い」といった発言へもつながったりするのです。

上の音声ファイルは、1994年3月10日放送の「サンセットパーク」宛に「いい人は信用できない」と書いて出したリクエストカードが放送で紹介された部分のエアチェックファイルです。読んでくださっているのは日野直子さんです。

この番組で司会役をするのはNHKの石澤アナウンサーだと書きましたが、補佐役のアシスタントを務めるのはさんという女性です。この人がなかなかいい感じです。

この手のタレントが登場した場合、必要以上に愛想がよかったりして白けさせられることが多くありますが、杏さんは作り笑いをすることもなく、自分が面白くないと思えばニコリともしない、といった自然な態度が好印象です。

閉じられたロケットの中、私がお腹を減らしたアセチレン・ランプであったりすれば、植物人間然とした杏さんを食べてしまう、ことにもなりかねませんf(^_^)?

番組の締めの部分。番組に寄せられたというメールが一通紹介されましたが、そこに書かれていたことがこれまでの手塚評価から一歩も出ないものであったことに不満を持ちました。番組の後味の悪さを残したことを書き添えておきましょう。

手塚治虫に限らず、完璧な人間などいつの時代にも存在しません。もちろん優れたところはそれ相当に評価されるべきですが、生きた人間を神のように崇め奉ることは人を白けさせます。たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチにしても、“万能の天才”という決まり切ったひと言で片づけず、多様な面から見ていく余裕が必要でしょう。

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