一週間前の本コーナーで、女優の泉ピン子(1947~)について書きました。
朝日新聞の「語る 人生の贈りもの」というコーナーで、ピン子さんが取り上げられ、その13回目が「ベンツで駆けつけたら ひばりさん」の見出しであったため、気になって読み、本コーナーで取り上げたのです。
朝日で連載されたピン子さんのコーナーは、本日、連載19回で終了となりました。昨日は「健さんの女房役 本当に出たかった」の見出しのもと、ピン子さんの憧れの人だった高倉健(1931~2014)との逸話が語られています。
ピン子さんがまだ、芸人として、1日500円のギャラで演芸場に出ていた頃の話です。彼女は高倉に強い憧れを持っていました。芸人の兄さんらにお金を借り、彼のポスターを5千円で買います。
ポスターは部屋の天井に貼られました。そして毎晩、ポスターに向かって、「健さん、おやすみなさい」といって眠るのが彼女の日課となったのです。
女優として知られるようになれば、本当にあったことでも、他人には語りたがらないものでしょう。恥ずかしい思い出でも、正直に語ってしまうのが、ピン子さんらしいです。
売れない芸人から女優へと転身を果たし、知られた女優になったあと、憧れの高倉から、出演依頼の話がピン子さんに舞い込みます。
会談場所に指定された東京・品川のホテル内の料理店へ赴くと、そこには、あの高倉健が待っていました。そして、本人から直々に出演交渉をされます。
無理なお願いだと思いますが、僕の女房役をやってください。
天井に張ったポスターに毎晩「健さん、おやすみ」といっていた憧れの彼が目の前にいます。そして、高倉から直々に出演の依頼をされたのです。彼女の頭が真っ白になっても無理ありません。
その話があった頃、ピン子さんはテレビドラマの『渡る世間は鬼ばかり』に出演して人気者となっていました。
前回、ピン子さんについて書いたとき、彼女が出演したテレビドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』(1982)で、西田敏行(1947~2024)の女房役を演じたことは知っていると書きました。そのドラマが好きで、毎週、欠かさず見ていたからです。
私がピン子さんが出演するドラマを見たのは、そのときが最初で最後だったように思います。彼女を有名にしたNHKの『おしん』(1983~1984)や、その後の『渡る世間は鬼ばかり』のシリーズも見たことがありません。
芸能界で働く人は、自分ひとりの考えだけで何かを決めてしまうことはできません。役をもらったら、その役の仕事が終わるまで、それに専念しなければならないからです。
高倉から、これ以上ない有り難い話をもらいますが、撮影スケジュールが、『渡る世間_』ともろにかぶっていました。
高倉の話を聴くピン子さんの脳裏に、『渡る世間_』シリーズの脚本を書き、ピン子さんが「ママ」と慕う脚本家の橋田寿賀子(1925~2021)の次のような言葉が響きます。
このドラマには100人の生活がかかっているのよ。
ピン子さんは、高倉の女房役を死ぬほどやりたかったでしょう。しかし、話を受けられる状態になかったため、涙を呑んで断ったのでした。
出演依頼の話を断ったあと、緊張しすぎていたため、何を話したらいいか自分でわからなくなります。そして、次のようなことを口走ってしまいます。
そういえば健さんは同性愛者だっていううわさもありますけど、本当ですか?
ピン子さんの思いがけない問いかけに、そばにいた映画会社の東映の人たちが、顔を真っ赤にして怒ったと書かれています。
高倉健が同性愛者だという噂があることを、私は今回初めて知りました。高倉について書かれたネットの事典ウィキペディアで確認してみても、それらしい記述は見つかりません。
ピン子さんが本人に直接訊いたぐらいですから、芸能関係者の間ではそれなりに知られたことなのでしょうか。真意のほどはわかりません。
ピン子さんにそのようなことをいわれた高倉は、怒るでもなく、笑って次のように話したそうです。
週刊誌に追いかけられることもあって、男友達の家でみんなで一緒に遊んだりしてるんです。
高倉について書かれたウィキペディアを見ると、気持ち悪いほど、彼を悪くいう話はひとつも出てきません。非常にできた人間で、誰からも敬われているというように書かれたものばかりです。
どこまでが彼の地で、どこからが偽った彼の姿なのかはわかりません。それがすべて彼の地であったとしたら、出来過ぎた人間で、逆に気持ち悪く感じます。
彼は、怒りたい気持ちになったときも、怒りを面に出さないよう、自分を律することができたのでしょう。ピン子さんに同性愛云々の話をされたときも、笑ってやり過ごすことをしています。
彼の答えは、否定でも肯定でもありません。はぐらかしの中に、「真相」が含まれているのなら、「男友達と一緒に遊ぶ」の部分をどう受け取るかです。解釈は人それぞれで違うでしょう。
思ったことを何でもいってしまえる泉ピン子。いいたいことがあってもいわずに我慢する高倉健。
対照的なふたりのように感じました。