松本清張の『誤差』 私ならこう描く

前々回の更新では、駄目ドラマ『誤差』について書きました。これは、2017年5月10日にテレビ東京が制作して放送したドラマですが、原作は松本清張です。

そのドラマが本日午後5時58分からBSテレビ東京で放送されます。私はこの放送を事前に知り、清張の原作であることから関心を持ちました。ドラマが2年ほど前に放送されたときは見ていませんでした。

このドラマが、ネット通販最大手のAmazonが有料会員向けに提供するPrime Videoに登録されているの気がつき、見ました。その出来があまりにも悪く、本コーナーで取り上げました。

村上弘明が演じる主人公の刑事は、事件の証拠固めをして容疑者を追いつめるのではなく、自分で相手を真犯人に違いないと考え、暴力によって口を割らせます。こんなでたらめな刑事がいるでしょうか。

あまりにも脚本と演出が悪かったため、原作を読んで確認しました。

この作品は、1961年に刊行された清張の短編集『駅路』に収録され、Amazonの電子書籍Kindle版で出ており、私はそのサービスを利用して読みました。

短編作品『誤差』1960年8月7日号の『サンデー毎日』に掲載されたそうです。非常に短い作品で、話は唐突に終わります。すぐに読み終えることができます。

実にあっさりした作品で、これを無理やりドラマ化することはないように感じます。文字を目で追って楽しむ作品です。読者は描かれている世界を自分で想像し、その中で動く人間に目を凝らします。

それでもなお、本作をドラマ化するのであれば、私であれば竹田宗一を主人公に据え、竹田の視点で描くことをしてみたいと考えました。

竹田は年齢が48歳です。この作品を書いた当時、清張は51歳です。歳が近く、清張は竹田に自分の姿を重ね合わせたかもしれません。

竹田は繊維会社の総務部長で、東京都内に家を持っています。妻と子にも恵まれ、快適な都会生活をしています。今の地位に上り詰めるまで、竹田は長い年月をかけています。

地位も名誉も金も手に入れたことで、心に隙ができたのか、東京・銀座のバーのマダム添島千鶴子と不倫の恋に落ちます。

秋になり、竹田と千鶴子は、ひなびた鉱泉宿で落ち合うことを約束します。宿へは先に千鶴子を行かせ、あとから竹田が合流する計画です。

竹田にいわれた通り、千鶴子は一軒の宿に入ります。その宿で竹田の到着を待ちます。竹田は大阪への出張を終え、その足で千鶴子が待つ宿へ向かう算段です。

宿帳(宿泊者名簿)に、千鶴子は安西澄子と記入しました。

清張の原作で、竹田の心理描写は書かれていません。しかし、竹田の中に起こった心理的な変化と葛藤がこの作品の肝といえるものです。この作品をもとに脚本を仕上げた脚本家が、どうしてそこに着目しなかったのでしょう。

もっとも、テレビドラマというのは、それを作る側の思惑が大きく働きます。テレビ東京のドラマ化では、主演の村上弘明と剛力彩芽陣内孝則がともに芸能事務所オスカープロモーション所属です。しかも、本ドラマを企画した古賀誠一氏は、オスカープロモーションの社長です。

おそらくは、この3人を活かすドラマにするようテレビ局に要請があり、それに沿って脚本が書かれ、演出されたことになるでしょう。

本来であれば、竹田の人物像と心理描写に重きを置くべきでしたが、ドラマの竹田は、鳥打帽と眼鏡にマスクをした謎めいた人物として描いています。また、竹田の地位や家庭環境が描かれていないため、さんざん容疑者扱いにされたあと、わけもわからず首をつって死んでしまうことに視聴者は戸惑わされます。

原作では、捜査にあたる刑事が容疑者に暴力を振る場面はもちろんありません。捜査の過程も克明に描かれていません。辛うじて、山岡という刑事が主任であることがわかる程度です。

ドラマでは、宿の若い仲居が同じ犯人の手で殺されますが、原作ではそんなことは描かれていません。殺されるのは澄子と名乗った添島千鶴子だけです。殺害の場面も描かれてはいません。

清張の作品は数多く読みましたが、殺人事件を軸に描くことが多いにも拘わらず、殺害の場面を描くことはしません。殺された事実を伝えるのみです。

私の想像で話を続けます。

一旦宿に落ち着いた竹田は、気になる本がかるからといって、バスで駅前の書店へ向かいます。バスは日に数本しかなく、書店といっても、小さな駅前にひとつあるだけです。

目的の本を手に入れた竹田は、バスに揺られて宿へ戻ります。秋の陽が、穂が刈り取られたあとの田園風景に落ちています。

本作を描く1960年といえば、東京五輪の4年前です。東京都内は、五輪を前に急ピッチで開発が進んでいますが、東京から離れた地方は開発から取り残され、バスが走る道も砂利道です。

牛を引いた農夫がバスの前を横切り、都会から来た竹田は、珍しそうに窓からそれを眺めます。

宿に戻った竹田は、自分たちの部屋へ足を運びます。宿は空いており、音は何も聞こえません。静まり返った部屋の障子を開けると、千鶴子が布団の上にうつぶせに倒れていました。

清張の作品では、まだ千鶴子とはわからない、都会から来たのであろう安西澄子と名乗った女が、何者かによって殺されている場面に移り、犯人を追う展開が待っています。

テレビ東京制作のドラマは、オスカープロモーション所属の村上弘明を、事件を解決する山岡刑事に据え、助手にはオスカーの剛力彩芽、死亡推定時刻を、警察の検視官が下した推定時刻と1、2時間「誤差」してしまう解剖医学の権威にオスカーの陣内孝明を配し、3人だけが目立つような話を展開させています。

私が配役を決められる立場にあれば、竹田宗一役を村上弘明にお願いしたいところです。難しい心理描写をうまく演じてくれるかどうかはわかりませんが。

本作を執筆する2年前、清張は『点と線』で一躍ベストセラー作家の確固たる地位を得ています。それを書いたとき清張は49歳で、『誤差』の竹田宗一の48歳とは極めて近い歳です。

ベストセラー作家の称号を得るまでの清張がどれほどの辛酸を舐めたかは、調べてもらえばわかります。

その奇蹟的に得た地位が、ある出来事によって砂上の城のように崩れるかもしれない状況に追い込まれたとき、人はどのような行動に出るでしょうか。

その一点が背景にあるのが『誤差』だと私は理解しました。清張は、竹田の心理描写は描いていませんが。その切羽詰まった状況に追い込まれるのが竹田宗一という男で、それだから、ドラマ化するのであれば彼以外主人公にはならないと私は考えたのでした。

テレビ東京制作でオスカープロモーションの意向が強く働いたのであろうドラマ『誤差』は、竹田宗一の影は薄く、得体のしれない男に描いてしまっています。芸能事務所からの強い要請があったとはいえ、脚本家はなぜ本質に迫れなかったのでしょうか。

本作の脚本は深沢正樹氏が担当しています。また、演出は倉貫健二郎氏です。今後、両名の名前がある作品を見つけたときは、駄作に付き合わされることがないか用心することとしましょう。

怖いもの見たさで、本日の放送を見てみますか?

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