発見!駄目ドラマ『誤差』

今月12日に放送予定のテレビドラマを先回りして見ました。松本清張原作の『誤差』です。

私は日本のテレビドラマはまったくといっていいほど見ませんが、清張原作のドラマ化であることを知り、ドラマを見る前に原作を読もうと考え、ネット通販最大手のAmazonで電子書籍化されたものがないか確認しました。

『誤差』は短編小説で、1960年に週刊誌『サンデー毎日』の8月7日号に掲載されたそうです。清張は作家デビューが遅く、1958年『点と線』でベストセラー作家になりましたが、その時点で49歳になっています。

ともあれ、大ヒット作を出したすぐあとあたりに執筆された短編で、清張が意気揚々としていたであろう時期に書かれた作品になります。

『誤差』はほかの短編と共に、短編集『駅路』に収録され、1961年11月に刊行されています。

短編集の『駅路』が電子書籍のAmazon Kindle版で出ていることはあとで確認できましたが、『誤差』で検索した時には紙の書籍しか見つからず、その代わりとして、ドラマ化された『誤差』がPrime Videoで見られることを知りました。

私は年会費が4900円のAmazonプライムの会員になっています。この有料会員向けに用意されているのがPrime Videoで、PCやスマートフォンなどで見ることができます。

私はテレビ受像機でドラマや映画を見ることができるAmazonのFire TV Stickを使っているため、テレビの画面で見ました。

この作品は、発表された翌々年にNHKでドラマ化され、その後、テレビ東京が2017年に制作し、5月10日に一度放送しています。12日にこのドラマを再放送する予定ということになります。私は2年前の放送は見ていませんので、今回、テレビの再放送の少し前に、AmazonのPrime Videoで先に見たことになります。

ここ1、2年、私は清張の作品を電子書籍で読むことをしました。読んだ作品は本コーナーで何度も取り上げましたが、その期間に更新した分が、その後に行った本サイトの独自ドメインへの変更の過程で失われてしまいました。

失われた更新分のひとつに、清張作品をドラマ化した『犯罪の回送』があります。これもテレビ東京が製作したドラマですが、放送されたのが2018年7月2日ですから、『誤差』の1年ほどあとであったことがわかります。

そう思って二つのドラマを確認しますと、主要の人物を演じた俳優が数人同じです。どちらのドラマでも主役の刑事を演じたのは村上弘明です。また、主要な役回りを陣内孝則が演じているのも同じです。

また、松下由樹が『誤差』では、主要な人物の妻を演じていますが、2012年にテレビ朝日が製作した清張原作『十万分の一の偶然』にも出演しています。これも酷いドラマでした。

ドラマ化された『犯罪の回送』の出来が悪かったことを本コーナーで書きましたが、『誤差』も非常に悪い出来でした。12日に放送の予定ですが、見るだけ時間の無駄です。私はAmazonのPrime Videoで我慢して最後まで見ました。これは拷問ですね。

原作を読んでいませんので、ドラマとの比較はできませんが、村上弘明が演じる刑事と、剛力彩芽が演じる若手の刑事が事件を解決していく作りになっています。

話の作りは単純で、山梨県内の温泉宿に宿泊した女性が何者かによって殺害されます。また、同時期、宿で働く若い仲居が死体になって発見されます。果たして犯人は何者で、犯行の動機は何かにドラマを見る人は引き付けられる仕組みです。

刑事が活躍するドラマとしては、私も好きな米国の『刑事コロンボ』があります。コロンボもスーパー刑事で、1人で事件を解決するというように非現実的ではありますが、コロンボが疑う人物が真実をいっていないからといって、暴力によって容疑者を脅し、真相を吐かせたら視聴者は納得しません。

コロンボの粘っこさと理詰めで犯人を追いつめるのがドラマの最大の魅力になっているわけですから。

ところが、『誤差』で村上が演じる刑事は、自分が疑う人物に真実を吐かせるため、平気で暴力を振るうのです。原作ではどう描かれているのかわかりません。電子書籍でも出ていることがわかりましたので、このあと読んでみようと思っています。

今の警察の取り調べは可視化を求められています。暴力で容疑者を脅すような行為は、冤罪を引き起こしかねない危険なことです。

今の日本の俳優は演技が下手です。主要な役回りの陣内孝則にしても、大根役者ですね。自分では立派な演技をしているつもりなのかもしれませんが、見られたものではありません。

彼の決め台詞の「それ、いわなくていいから」とかいうのも、「私、失敗しないので」と同じ臭いがして、馬鹿にする対象にしかなりません。こんな駄作ドラマを喜んで見ているようでは明るい未来はありません。

いや、そんな人にも明るい未来があるかもしれません。ただ、ものの良し悪しを判断する目をお持ちでないことは指摘せざるを得ません。

ドラマの脚本が駄目で、演出が駄目です。

制作費を節約するためか、宿の仲居は2人しか出てきません。

刑事が容疑者に迫り、暴力沙汰に出ます。この場面は宿屋の前で撮影していますが、少し離れたところで宿屋の主人夫婦と従業員や宿の客が眺めていますが、暴力沙汰を見ても、そこに固まって見ているだけです。

まるでリアリティがありません。現実だったら、その集団が刑事と容疑者に近づいてそれを止めるか、怖くなってほかのところへ逃げていったりするでしょう。少なくとも、何か声ぐらい出します。それなのに、集団で黙っているだけです。

こんな演出では駄目でしょう。

カメラのアングルにも工夫が見られません。どうしたらそれらしく撮影できるか、考えもせずに、次々に撮って終わりなのでしょう。

剛力彩芽が演じる若手刑事が、ヘアスタイルをメイクをばっちり決めているのもリアリティさを欠く要素にしかなっていません。

まあ、見るべきところがまるでない駄作です。テレビ東京は、今後、清張原作のドラマを製作するのは諦めることをお勧めします。

気になる投稿はありますか?

  • 性にこだわりを持つ村上の短編集性にこだわりを持つ村上の短編集 ポイントが125つくことに惹かれ、村上春樹(1949~)の短編集『回転木馬のデッド・ヒート』(1985)をAmazonの電子書籍版で読みました。文学作品を読む動機としては不純でしょう(?)か。 どんな短編集かは、読み始めるまで知りませんでした。 村上は、1979年に文芸雑誌の『群像』に応募した『風の歌を聴け』(1979)が群像新人文学賞を受賞し、それがきっかけで […]
  • 子供の心のままに生きることの大切さ子供の心のままに生きることの大切さ 義兄(2000年にくも膜下出血で亡くなった姉の夫)に以前から勧められている本があります。中勘助(1885~1965)が書いた『銀の匙』(前編:1910|後編:1915)です。 義兄は、中勘助が自身の幼年と思春期の頃を思い出して書いた自伝小説のような作品で、そこで勘助が自分を「私」として書いた「私」が、私(本文章を書いている私です)と重なるところがある、と事あるごとに匂 […]
  • 死因判定は厳密に死因判定は厳密に 読み終えたばかりの小説に「偽石灰」という用語が出てきます。私は初めて目にした用語です。 その用語が出てくるのは、松本清張(1909~1992)が月刊雑誌『文藝春秋』に1970年1月号から翌1971年の3月号にかけて連載した長編小説『強き蟻』(1971)です。 例によってAmazon […]
  • 宵の五つは今の何時?宵の五つは今の何時? 「宵の五つ」。これは時刻のことですが、今の何時かわかりますか? 私はわかりませんでしたが、わかった今は「午後8時」と自信を持って答えられます。 これを教えてくれたのは、阿刀田高(1935~)の本です。 阿刀田の『谷崎潤一郎を知っていますか 愛と美の巨人を読む』という本のサンプルを、Amazonの電子書籍版で読みました。サンプルですから、全部で13章あるうちの第1 […]
  • 自分の適性を知るのは乱歩にも難しかった自分の適性を知るのは乱歩にも難しかった 『屋根裏の散歩者』(1925)といえば江戸川乱歩(1894~1965)の代表作の一つになりましょう。 乱歩は今でいう推理作家、乱歩が執筆していた頃は探偵小説作家といわれます。私もぼんやりとそんなイメージを長いこと持っていました。が、実は、乱歩自身は事件の謎を探偵が解いてみせるような作品を得意としていなかったのであろうことを知りました。 そうしたイメージを持つよう […]