2001/01/06 ファン・ゴッホの書簡

時々、思い出したように、次のような想像をしてみたりすることがあります。

もしもこの世の中から、テレビもラジオも新聞も、ましてや、インターネットも消えてしまったとしたなら、どんな毎日を過ごすことになるのだろう?

と。

今朝の産経新聞「21世紀へ残す本残る本」のコーナーでは、作家の佐伯一麦氏が『ファン・ゴッホ書簡全集』二見史郎、他訳/みすず書房)という本を紹介しています。

ゴッホはご存じですよね?

そう。あの『向日葵』の絵でも知られるオランダの画家です。その彼が弟のテオ(テオドルス・ファン・ゴッホ)に宛てて、実にマメに手紙を書いていたことはよく知られています。その書簡集を一冊の本にまとめたのが上の一冊というわけです。

佐伯氏にとってその本は、キリスト教者にとっての『聖書』の如き一冊なのだそうで、座右にいつも置いては、事あるごとに繙いているのだそうです。

その中から、佐伯氏は次の書簡を紹介しています。少し長い引用になってしまいますが、書いてみたいと思います。

夜が来る。戸は暗い洞窟の入り口の様に開け放たれる。後ろの板張りの裂け目から、空の光が僅かにさす。(略)これが、昨日ボクが聞いたシンフォニィの終曲だ。一日は夢の様に過ぎた。僕はこの悲しい音楽にすっかり気を奪われ、文字通り飲み食いさえ忘れていた。(略)一日は終わった。明け方から夕方まで、と言うより寧ろ或る夜から次の夜まで、僕はこのシンフォニィの中で我を忘れた。家に還って、炉の前に坐る。腹が減っているのに気が付く、減茶々々に減っているのに気が付く。しかし、もう様子はわかったろう。例えば、傑作百点の展覧会から還って来た様な感じだよ。こんな一日から、何を持って還るか。ただ幾枚かのスケッチだ。併し、もう一つある。働こうという静かな熱だ。

生きた時代が違うとはいえ、同じ24時間とは思えない、何かぎっしりと時間が凝縮された一日といような気がしませんか?

ゴッホは、気兼ねもいらず、モデル料も請求されない自分自身をモデルに『自画像』を数多く描いています。そしてそれは、佐伯氏にいわせると、「これ見よがしな感覚や技巧、深遠さを装った見念」によって描いたのではなく、「生活を通した感情によって」描いた、のだといいます。

つまりは、当たり前のものを当たり前に描いた、といえるのでしょうか。そしてそこには、自分自身をもじっと視つめるもう一人の自分がいた、ということになるのでしょう。

テレビやネットなど、多くのヴァーチャルなメディアに囲まれた日常を送っていますと、日々の些細な心の揺れといったものに対しても益々鈍感になっていってしまうように感じます。

ゴッホはまた、自分自身を見つめる、次のような文章も残しているそうです。

女のように感じやすく、鋭敏で、勘がよい。自分自身の苦しみにも感じやすいのだが、常に生き生きとして、自意識を失わず、冷淡なストイシズムもなく、生命への悔蔑も持たぬ。

気になる投稿はありますか?

  • 手塚治虫不遇時代の問題作手塚治虫不遇時代の問題作 真の天才は稀にしか現れません。手塚治虫(1928~1989)は、誰もが認める天才の一人です。 私も昔から手塚治虫には強い関心を持っており、手塚が取り上げられたテレビ番組があれば必ず見、関連の本を見つければ、手に取ることが多いです。 https://indy-muti.com/8128/ 手塚で不思議なのは、紛れもない天才でありながら、天才にありがちな問 […]
  • 予期せぬ英国の至宝との出会い予期せぬ英国の至宝との出会い 見るつもりもなくある映画を見ました。『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』です。 この作品はご存知ですか? 私は知りませんでした。日本で公開されたのは2015年ですから、6年前になります。作品の撮影が行われたのは10年ほど前の2011年から2012年頃にかけてと思われます。 この作品に接したのはAmazonです。時間が空いたのでAmazonのPrime […]
  • 30年来の愛読書を書いた人の話30年来の愛読書を書いた人の話 この水曜日(17日)の日経新聞最終面で、ある人物の名前が目に入りました。私にとっては忘れられない人物です。 ウジェーヌ・フロマンタン(1820~ 1876)という名前です。この人を知る人は、多くないのでないかと私は考えるのですが、あなたはご存知ですか。 私がこの人を知ったのは、今から29年前の1992年はじめ頃です。なぜその年であるのがわかるかといえば […]
  • AIにある限界AIにある限界 この更新も、音声入力によって行なっています。使うのは Google の日本語入力と、それを利用したアプリの Edivoice です。これも AI を使った技術のひとつつでしょう。 https://indy-muti.com/20028/ AI といえば、先週末(23日)の日経新聞・書評欄で、AI […]
  • 陰翳礼賛の勧め陰翳礼賛の勧め 今を生きるほとんどの人は、陰翳が持つ本当の美しさを知らずにいます。 夜になって暗くなれば、部屋の蛍光灯をつけ、昼と変わらないような明るさを求めます。 私だって暗いのは苦手です。昨秋、台風15号の影響で停電が3日と半日続いたとき、夜の来るのを怖く感じました。 その一方で、いつでも明るくできる環境を確保したうえで、あえて光量を落とし、陰翳の美しさを味わってみた […]