2004/01/01 『星影のワルツ』誕生秘話

年末年始といえば、一年の中でも特別番組が目白押しの時期に当たるわけですが、昨年末、私にとってはこれといって興味をそそられる番組はほとんどありませんでした。

昨日の大晦日はかつて国民的な番組といわれた「NHK紅白歌合戦」が放送されましたが、「紅白大嫌い人間」を自認する私はその番組にチャンネルを合わせるはずがありません。完全に見ることがありませんでした。

それにしても、一家団欒で「紅白」を見るという図が私にはどうにもイメージできません。子供の頃からそうしたことは一度もなかったと記憶しています。

個人的には、それが家族であっても、べたべたと接するのがどうにも苦手です。これは私の勝手なイメージなのかもしれませんが、特に日本の家庭というのは、妙な湿り気があるように思います。それがどうにも私には受け入れにくいのです。

今の時期は、電車に乗っても家族連れを目にする機会が多くなりますが、それを見ていて「自分も家族を持ちたい」と思わせられるような光景はほとんど目にしません。むしろ逆に、「ああ、自分には家族がいなくてよかった」と思うことばかりです。

それはともかく、「紅白」という番組自体どうなんでしょう。もうとっくの昔に耐用年数が過ぎているのではないでしょうか。

だいたいが、紅組と白組に男女を分け、それで勝敗を競うというのはあまりにも時代がかっています。ジェンダーの問題にうるさい団体からよく抗議が来ないものです。ともかくも、NHKは旧態依然の番組を平然と放送し続けているわけで、そのNHKが、小泉内閣の改革が進まないからといって、内閣に異議を唱える資格はないといえましょう。

先日、書店で養老孟司さんがお書きになった『バカの壁』(新潮社)というベストセラー本を手に取り、ペラペラッとめくってみました。すると、その初めの方でNHKのことが批判的に語られているではありませんか。

じっくりと中身を読むことはできませんでしたが、要するに、世の中に真の意味の「中立・公正」といったものは存在し得ないにも拘わらず、NHK自身は自分たちの報道を「中立・公正」なものだと信じているところがあり、それが全く納得できない、というようなことが書かれていました。

「裸の王様」という話がありますが、NHKは自身が裸同然であることを自覚する必要があるのかもしれません。しかし、その本をもちろん最後まで読んだのではなく、目次とNHKに書かれた部分だけを見ただけですので何ともいえませんが、養老さんもちょっと意気地がない気がします。

というのも、NHKを批判するのはわかりますが、日本のマスメディアにはもっと悪質な社もあるでしょう。いわずと知れた朝日新聞ですが、この社の批判はなさらないのでしょうか? 朝日を批判すると厄介だからNHKにしておけ、程度のことなら、養老さんも大したことがありませんね。本来批判すべき対象を批判してこその“真の批判”なのですから。もっとも、今も書きましたが、全部に目を通したわけではないので、朝日への批判を書いた章もあるのかもしれません。

ともかくも、『バカの壁』はちょっとバカにして読んでいませんでしたが、今度購入して読んでみようか、と思った次第です。

以上は、時代から完全にずれてしまっている「紅白」について書きましたが、昨年の大晦日の特番を特徴付けていたのが「格闘技番組」の多さです。私自身は、人間の身体を極限まで使った素朴極まりない格闘技は嫌いではないのですが、昨今のショーアップされたものにはほとんど食指が動きません。

そんなヘソ曲がりの私が大晦日の夜に唯一見たのは、テレビ朝日の「ビートたけしの世界はこうしてダマされた!?超常現象(秘)ファイル 衝撃のスクープ連発!!」です。

ま、これとて決して褒められた内容ではないのですが、他に見るべき番組がないための消去法による選択です。で、昨夜の内容ですが、のっけから“驚くべき新事実”が明らかになりました。それは、アメリカが人類を月面に送り込んだのは実はヤラセだった、というものです。

全世界の人々は、アメリカのアポロ計画によって人類が月面に降り立ったと信じていますが、実は、それは真っ赤な嘘で、あれらの映像は全て作られたもので、実際には月になど行っていない、というものです。

それを証明する番組がイギリスで制作され、その映像が番組で詳細に紹介されました。その映像には、今回のイラク戦争でも盛んに映像に登場したアメリカのドナルド・ラムズフェルド国防長官へのインタビューもあり、指摘された映像群は全て作り物であったことを認めています。

もしもそれらが信じられないというのであれば、昨夜の番組は録画してありますので、それをストリーミング動画にして紹介することもできます。

ともあれ、こうしたイギリスの番組がある以上、アポロ計画の疑惑は決定的になった感があります。が、それから先の“オチ”は、実際に番組をご覧になっていない方々のために書かないでおくことにしましょう。ただ、強力な裏番組(こっちの番組こそが裏番組?(^.^;)の「紅白」や格闘技番組を見ていた人が圧倒的に多いでしょうから、果たして何パーセントの人がこの「衝撃の事実」をご存知になったんでしょうね。

と、まあ、ここまで年末の特番について不満を込めて書いてきましたが、最後に一つ、昨年の29日の夜に偶然に見て、私の心を強く揺さぶった番組について書くことにします。その番組とは_「そして歌は誕生した」というNHK総合で放送された番組です。

これは一定間隔を置いて放送されている番組で、女優の紺野美沙子さんが進行役を務められています。ちなみに、ナレーションは俳優の田村高廣(たむら・たかひろ:1928年生まれ。父は無声映画期の大スター坂東妻三郎。はじめ、俳優になる気はなく、貿易会社に就職したものの、父の死後、役者としてスクリーン・デビューを果たす。弟の正和も共に俳優。もう一人弟がいるが、彼だけは俳優ではない)さんです。私はこの番組があることは以前から知っていましたが、これまで、身を入れて見ることはほとんどありませんでした。

ですので、今回も初めからそれを見るつもりは全くなく、7時の定時ニュースを気に掛けながら、PCを操作していました。その付けっ放しになっていたテレビから偶然流れてきたのが当番組であったというわけです。

その番組の冒頭、『星影のワルツ』が流れてきました。これはかつて一世を風靡した名曲で、私もこれまで知らず知らずのうちに幾度となく耳にしていたはずです。

その名曲の誕生秘話が語られ始めたのです。

時代は昭和30年代から40年代にかけての日本の高度経済成長時代(「東京オリンピック」が開催されたのが昭和39年)へと遡ります。当時の日本の歌謡界には、橋幸夫西郷輝彦(=辺見えみりの父)・舟木一夫といういわゆる御三家が君臨し、出す曲出す曲がことごとくヒットを飛ばしていました。歌謡曲の黄金時代です。

そんな中にあり、作曲家の遠藤実は、御三家に代わる新たなヒット歌手を生み出そうと画策していました。そんな遠藤の頭に閃いたのが一人の男です。彼は東北出身で、自分のところに弟子入りしてきた男です。名前は千昌夫といいます。

遠藤は彼のために曲を作りレコードを吹き込ませますが、さっぱりヒットをしません。

そうこうするうちに、ある知人が「この中の詩に曲をつけてみたらどうだい」といって一冊の同人誌を手渡しました。それがあとになってみればかの名曲を生み出す素となりました。

遠藤はそれほど気乗りしたわけでもなく、手渡された同人誌をパラパラとめくりました。そのはじめの方に掲載されていた一遍の詩が妙に遠藤の気持ちをひきつけました。

その詩は、白鳥園枝という当時は全くの無名の女性が作ったものでした。

この詩を作った白鳥の父・白鳥省吾(しらとり・せいご)は、詩人として活躍した人物です。父に詩人を持つという環境の中で育った園枝は、半ば宿命として、自らも詩人として生きる道を選びます。

そんな園枝は、同人誌に定期的に自分の詩を載せてもらうようになります。そして、その同人誌こそが、遠藤に手渡された同人誌なのでした。

遠藤は遠藤で、園枝の詩に妙に心惹かれるものを感じ、それと同時にスラスラと曲が浮かんできたといいます。はじめからその詩にはメロディがついていたのではないかというほどに、何か必然的に、自然に一つのメロディが口を突いて出たのです。

その時の遠藤の心には、自分が若かりし頃のつらい思い出が重なっていました。しがないバンド・ボーイとして、地方都市を転々としていた頃のことです。

それは雪深い片田舎でのことです。凍てつく夜の雪道を、若き日の遠藤は手袋もせずに重い荷物を持って目的地を目指して歩いています。とにかく寒く、とうに両手の感覚は麻痺しています。それでも、大切な荷物を置き去りにすることはできません。

やっとで目的地に着いた遠藤は、あろうことか、ほとんど感覚を失っていた自分の両手に小便をかけたのだそうです。自分の身体から迸り出た小便の暖かさによって、ようやく手の感覚が戻りました。

その瞬間、それまですっかりくじけそうになっていた自分の中に何か熱いものが込み上げて来たのを感じました。寒い、冷たい、つらいと思っていた自分なのに、自分の中にはこの小便のように熱く燃え滾るものがしっかりとあるではないか。負けてなんかいられるものか、と_。

そう思うと不思議なもので、体中に力が漲ってくるのを感じました。その頃には寒さを寒さとも感じなくなっていた遠藤には、夜空を見上げる余裕さえ生まれました。

見上げれば、あんなにも美しい星空が広がっていたのか。それに気づかないでいた自分は何てちっぽけだったんだ。自分の不幸を嘆く前に、こうして生かされていることに感謝しよう。

園枝が綴った「別れに星影の ワルツをうたおう」という詩が当時の遠藤の思い出と重なってすっと入り込み、園枝がつけた「つらいなあ」という題から『星影のワルツ』に替え、その瞬間、後の名曲となる『星影のワルツ』が誕生しました。

遠藤は出来上がった曲を千昌夫に歌わせました。しかし、扱いはB面で、A面の添え物のようなものでした。A面に添えられたB面の『星影のワルツ』はヒットの気配を見せないまま月日は流れていきました。

千は千で、自分の将来に何ら光明を見出せないまま、東京・池袋にあるバーで金稼ぎをしてその日を暮らしていました。いつか自分の歌をヒットさせたいという思いは所詮叶いそうにもない儚い夢に思え始めてきていました。

それでも、店のジュークボックスに硬貨を入れ、自分が吹き込んだ『星影のワルツ』をかけることが唯一の希望に続く道のように思っていました。

その夜もいつものように自分のレコードを店内に流していると、一人のホステスが千の『星影のワルツ』を聴きながら「これ、いい曲ね」とポツリといって涙を流しました。それを見た千は、誰に保証されたわけでもないのに、その瞬間、自分の未来がパーっと開けたような思いを強くしたといいます。

千は故あって遠藤とは疎遠になっていましたが、自信を得た千は思い切ってもう一度遠藤の門を叩き、「自分にもう一度この曲を歌わせてください」と頼み込みます。遠藤は千の願いを聞き入れ、自分でピアノの伴奏をしながら千に一度歌わせてみました。

幾多の苦難を乗り越えた千には、はじめにレコーディングしたときとはまるで違う深い解釈が存在し、全く別の曲となって蘇ったのを感じました。千はそのときのことを振り返り、「伴奏をしてくれていた遠藤先生の目に涙が浮かんだことをはっきりと記憶しています」と答えています。そうして、早速にしてレコードを吹き込み直して世に出した『星影のワルツ』は、徐々に人々の耳に届き始め、ついには大ヒットの夢が叶えられることになります。

ここに、ようやくにしてかの名曲は世の中に認められるところとなったのです。

ところで、この名曲をさらに深みのあるものにしている事実を、私はネットで検索することによって知りました。この点に関しては、NHKの番組では全く触れられていません。公共の放送で触れるにはあまりにも危険なことだからかもしれません。

というのも、作詞の裏には哀しい同和の問題(部落問題)があったからです。

人々は皆平等と謳われながら、実際には周囲の住民から差別される被差別部落というものは今なお厳然と存在し、結婚話の際にはこの“障害”が浮上し、縁談が破談するまでに至ることもまだ珍しい話ではないようです。

上にリンクを張った先のページ「“星影のワルツ”に秘められた同和間題」の説明によりますと、作詞は白鳥園枝ということになっていますが、「事実上の作者」が実は別に存在することになるようです。話の経緯からすると、園枝の婚約者だった被差別部落出身の男性ということになるのでしょうか。

番組の中でも、園枝が自分の恋について語ることはありませんでした。少なくとも、好きだの、嫌いだのといった単純な理由で別れた二人ではなさそうです。それが詩の重みを弥が上にも増し、遠藤も知らず知らずのうちにその重みを感じ取っていたのかもしれません。

そう思ってもう一度詩を読み直してみると、心に迫るものがあります。「事実上の作者」は、どんな想いで夜空の星々を仰ぎ見たのでしょうか。「別れることは つらいけど 仕方がないんだ 君のため」。

別れることは つらいけど
仕方がないんだ 君のため
別れに星影の ワルツをうたおう…
冷たい心じゃ ないんだよ
冷たい心じゃ ないんだよ
今でも好きだ 死ぬ程に

一緒になれる 倖せを
二人で夢見た ほほえんだ
別れに星影の ワルツをうたおう…
あんなに愛した 仲なのに
あんなに愛した 仲なのに
涙がにじむ 夜の窓

さよならなんて どうしても
いえないだろうな 泣くだろうな
別れに星影の ワルツをうたおう…
遠くで祈ろう 倖せを
遠くで祈ろう 倖せを
今夜も星が 降るようだ

見るべき番組を見ることで、それまで想像もしていなかったような事実に直面することができます。そういった意味でも、自らの意志でより良い番組を選んで見たいものです。

何だかんだいいつつ、今年もそれなりにテレビのお世話になりそうな年の始まりではあります(^-^;

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