動物に共通する本能的な恐怖

どこにどんな災難が待っているかわかったものではありません。これは9月10日の夕方に書いていますが、今、私は災難に遭遇しています。昨日の朝の時点でも、ここまでの災難は予想できませんでした。

この災難をもたらしているのは台風15号です。日本列島に接近する前は「コンパクトな台風」という特徴が伝えられました。これは強さを表しているわけではなく、あくまでも暴風域がコンパクトというような意味でしょう。

しかし私は、強さもコンパクトであるかのように都合よく錯覚し、たとえ直撃されるようなことがあっても、それほど甚大な被害はなさそうと気を緩めてしまいました。今にして思えば、これはとんでもない油断でした。

事前の予報通り、この日曜日(8日)の明け方に関東へ上陸し、北東方向へ縦断する形で太平洋へ抜けるコースを採りました。

関東南部の当地もこの影響を猛烈に受けました。それでも、上陸する前は、それほどとは考えていませんでした。台風の位置が気になり、未明にNHKの台風情報を見たりしました。その時間、当地周辺は特別荒れた様子もなく、その後の天候の急変も軽く見ていました。

ところが、いよいよ台風が近づくと、怖いほどの強風が吹き荒れました。これまでの人生で経験したことがないような恐ろしいまでの暴風でした。雨も強まりましたが、振り返ってみますと、風の猛威が印象に強く残りました。

なかなか強風が収まらず、生きた心地がしませんでしたが、少しずつ弱まるのが感じられ始め、一息つきました。

今回の台風がもたらした災難は、精神的に落ち着き始めた頃に起こりました。停電です。はじめ、短い停電が2度ありました。いきなり電気が切れるのは恐ろしいものですが、それが短時間で復旧しますと、救われた気分になります。

現代生活を送るうえで電気は不可欠です。それを知っているため、電気が使えなくなることは誰でも恐れます。

2度の短い停電のあと、異様に長い停電が始まりました。本更新をする今も電気は来ていません。ですから、本当であればWordpressのエディタで更新作業するところ、ネットにもつながらない今は、バッテリーで駆動するノートPCを使い、テキストエディタに文章を書いています。電力が復旧したなら、これをコピーし、WordPressで更新をする予定です。

昨日と今日は、台風15号が持ち込んだ熱帯の空気もあり、35℃近くの気温になっています。エアコンがあれば、室内にいる限り暑いのも平気ですが、空調機器がまったく使えず、私はうちわを仰いでいます。寝ながらうちわを使うわけにもいかず、夜の寝苦しさといったらありません。

あなたは、停電になったとき、どんなことを一番恐れるでしょう。

私は昨夜、その恐ろしさを嫌というほど味わされました。暑さもたまりませんが、暑さに恐れは抱きません。真に恐ろしいと私が考えるのは、夜の闇です。

人間の五感はどれがなくても大変ですが、中でも視覚は人間にとって、というより、動物にとって必要不可欠の機能でしょう。次の瞬間に視覚が完全に失われたら、それまで目が見えていた人のほとんどすべての人は、何もできなくなってしまうでしょう

私の母は今から27年前の1992年に他界しましたが、私が中学生の頃に中途失明しています。それ以前から眼病にかかり、片方の目を摘出し、義眼を入れていました。それでも、片方の目が見えることに生きがいを見出していた母でしたが、残った目も病から逃れることができず、完全に光が失われました。

失明したあと、母はときどき私に目の見えない大変さをこぼすことがありました。光を失っても眠っているときは、目が見えていた時のように夢を見るそうです。しかし、朝が来て目を開けても、光が見えないことを知り、落胆することがあると話していました。

自分が母のような立場になったら、一日も生きていけないかもしれません。光のない真っ暗な世界で生きていくのは、私には恐怖でしかないからです。

この恐怖が、停電によって夜の闇によってよみがえりました。

昨夜も、一度短い眠りのあと目が覚めました。辺りは真っ暗で、窓のすりガラス越しに空の明るさがわずかに感じられる程度です。昨夜は晴れていましたから、月が出ていたのなら、月明かりはあったでしょう。

ほら穴に落ちてしまったような感覚になり、不安でたまらなくなりました。私は布団の上で横になっていられなくなり、布団の上に座りました。誰も私の不安を鎮めてくれる人はいません。

私の父は母の死の8年のちの2000年に亡くなりました。父は目が達者で、亡くなるまで、新聞の小さな活字まで読むことができました。

その父が最晩年、穴に落ちました。

いや、落ちたと私や姉に訴えたのです。寝たきりの状態となり、ベッドから起き上がれなくなりました。その最期の頃、幻でも見たのか、「穴から出してくれ」と私たちに訴えました。

そのときは何をいっているのかわかりませんでしたが、あとになってそのときの父の心境に気がつきました。私が停電のときに感じたような恐怖に父も襲われ、助けを求めたのでしょう。

今夜も闇の中で過ごさなければなりません。今から不安です。

私は普段アルコールは飲みませんが、今夜は特別に飲み、アルコールの力を借りて不安を遠ざけようと考えました。また、同じように停電の中で過ごす人々を伝える新聞記事に、提灯の明かりをともす人について書いたものを見ました。

なるほど、提灯の明かりがあれば、それだけで救われた気持ちになるかもしれません。私もその知恵をお借りしましょう。

この災難といつまで向き合わなければならないのかわかりませんが、願わくは、明日にも電気が復旧してくれることを切に願っておきます。

今日の昼前、待望の電気がつきました。救われました。今夜は恐怖から解放され、ゆっくり眠れるでしょう。

昨夜の過ごし方を振り返っておきます。

本日分の更新に書いたように、アルコールと提灯に力を借りました。提灯にともるロウソクの灯りには助けられました。

これにもう一つ力を借りたものがあります。ラジオの放送です。このところはラジオを聴くことがめっきりなくなりましたが、午後7時過ぎからラジオ第一の放送をつけっぱなしで寝ました。

使ったラジオは、今から13年前に、亡くなった姉の妹、姪にもらったものです。東京のいわゆる裏原宿のショップで買ってきたといっていたように記憶しています。手作りのようなラジオです。

姪にもらったハンドメイド風コンパクトラジオ
姪にもらったハンドメイド風コンパクトラジオ

たまに思い出したように使いますが、昨夜もこのラジオから流れる放送には助けられました。夜中に目が覚めると「ラジオ深夜便」が流れていました。

この番組が始まる前は、深夜放送といえば若者向けばかりでした。そこにこの番組が登場し、高齢者のリスナーがこの番組に集いました。私も以前聴いたことがありますが、この番組の意味を今はよく理解できます。

深夜に眠れずにいる高齢の人が少なくないでしょう。そんなとき、この番組がどれほど心の支えになるか身にしみてわかったからです。番組の作りは、あくまでもオーソドックスですが、それが聴く者の安心感につながります。昨夜の担当は、須磨佳津江さんでした。

他の番組も含め、テレビにはないラジオの良さを再認識しました。これからは、時々はラジオに親しむ時間を持つことにしましょう。

こんなことを考えられるのも、電気がついて、夜の恐怖から解放されたからでしょう。

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