Made in Japanの腕時計 裏を見れば…

昨日の朝日新聞朝刊に興味深い記事が載りました。これは朝日の記者が独自に取材して記事にしたもので、他のメディアでは読むことができない記事です。

取材のきっかけは、ある人物からの内部告発だそうです。その人物は、大阪市にある時計販売会社で開発に関わっていたそうです。今はその社を去っているのでしょうが、元勤め先が行っていることを朝日の記者に告発したことになります。

告発の内容は、中国国内の工場で組み立て、検査した完成品の腕時計を日本へ移送し、「日本製腕時計」として販売している、というものでした。

告発が真実かどうか、記者は取材を始めます。

告発者の情報を得て、問題の腕時計を製造する中国・深圳(「圳」は環境依存文字であるため、正常に表示できない人がいるかもしれません)へ向かいます。今年7月の事です。

工場は中心街から車で30分ほど行った郊外にあるそうです。複数の工場が入る「工業ビル」があり、その外観は、一部が剥がれ落ちるなど、「見た目はボロボロ」と書かれています。

カメラやレンズなどにもOEMといわれる製品があります。これは、委託された工場で生産した製品を、名の知れたブランドの製品として世に出されるものです。

その意味でいえば、賃金が安い中国で腕時計ということになり、珍しいことではないように思わないでもありません。

中国で見た工場にはクリーンルームがあり、そこで従業員が流れ作業で腕時計を組み立てていったそうです。

問題はここから先で、腕時計の裏蓋に製造国を示す刻印がされていないことです。このケースでは、中国で製造されたわけですから、Made in Chinaとされてしかるべきところです。

しかし、製造を発注した大阪にある腕時計販売会社が日本製として販売したいわけですから、Chinaと入れさせるわけにはいきません。

だからといって、中国で製造した時計にMade in Japanと刻印した場合、日本へ輸入する際、税関で抜き打ち検査され、輸入が止められてしまう恐れもあります。

そうしたことから、裏蓋は何も刻印されていない無地のまま残し、中国で組み立てたことを示すAssembled in Chinaのシールが貼られるそうです。

ここまでして日本製に拘るのは、日本製品に対する消費者の信頼度が高いためです。今は海外からの旅行者も増えました。日本で腕時計を買い求める人もいるでしょうが、そうした人が、日本製であることに安心して購入するケースも多いに違いありません。

中国から観光で日本に来たという中国の40代の女性に、記者が日本製品を選んだ理由を尋ねています。答えは「(日本製品は)質が高く、技術力がある」でした。

取材され人が中国製の腕時計を知らずに買ったかどうかはわかりませんが、もしそうであれば、同胞が作った中国製品を日本製と信じて買い求めたことになります。

母国に戻ってからもその時計を愛用し、それに応えるように時計が一度も故障せずに長く使えたら、「やっぱり日本製は優秀だ」と生涯信じて疑わないかもしれません。

Assembled in Chinaのシールが裏蓋に貼られた腕時計の完成品を日本へ輸入したあとは、国内にある工場へ持ち込み、そこでシールを剥がし、無地になった裏蓋にMade in Jpanする加工をするのでしょう。

工程を経た中国製の腕時計は、どこから見ても日本製にしか見えなくなる、というからくりです。

今年2月、腕時計売り場を訪れた記者は、Made in Japanの刻印がある問題の腕時計を見つけ、「本当に売っている!」と内心驚いたようです。その時計が、大手通販サイトでは9800円で販売されているとあります。

記者は内部を確認するため、大手の時計修理会社「共栄産業」で分解してもらいます。

その結果わかったことは、腕時計の心臓部ともいえるムーブメント(動力部)は、セイコーエプソンシチズンで、いずれも名の知れた日本メーカーの部品です。

時計を分解した会社の職人の話で、両社のムーブメントが高評価で、信頼されていることがわかります。

ただ、同じ部品を使っていても、製造工程の精度が低い場合は、完成後に外装が壊れて中のムーブメントに支障をきたすことがないとはいえないという話のようです。確率論ですので、すべてに当てはまる話ではないのでしょうが。

記者が、問題の時計を製造販売する会社で、社長に取材を申し込むと、1時間以上の交渉の末、取材に応じてくれたそうです。

社長自身も、中国製の製品を日本製として販売することには後ろめたさも感じているのでしょう。しかし、そうでもしない限り、製品コストは上がり、今の倍の値段にせざるを得なくなり、誰にも見向きもされなくなるだろうという話です。

また、法制面でも「ぎりぎりセーフ」の認識のようです。

日本には「景品表示法」という法律があるそうです。この法律には「運用細則」という項目があり、それによれば、腕時計のムーブメントがどこで組み立てられたものかを重視し、それが日本であれば、他の部品の生産割合や品質検査がどこであっても、問題視されないようです。

この細則が作られたのは1973年だそうですが、その当時は円安で、国内の人件費も高くなかったため、のちに海外で生産するようになることは想定していないようです。

国内の時計メーカー大手11社が加盟する業界団体「日本時計協会」は、その後に運用細則が作られた状況が変わり、海外で生産するケースも想定されるとして、制度の変更を担当部局に求めたこともあるそうです。

しかしその制度変更は実現されませんでした。

機械式時計のムーブメントの一例
機械式時計のムーブメントの一例(YouTube動画より)

高級腕時計のメーカーが多くあるスイスではどうか、記事で紹介されています。それによりますと、1971年に制定されたという法律により、厳しく取り締まっているようです。内容は、ムーブメントがスイス製であることはもちろんのこと、スイス国内の部品の使用割合まで規定します。そのうえで、組み立てから完成後の検査まで、すべてスイス国内で行われた製品をスイス製とするそうです。

スイス時計協会日本事務所の所長は、取材に次のように答えています。

スイス製の品質や価値を守るため、国を挙げて行っている。

それに引き換え日本は、と言葉が続いてしまいそうです。

日本では、日本時計協会が求めた制度変更が行われませんでしたが、協会が独自のガイドラインを作成したそうです。それは、スイス時計協会に準ずるような内容のようです。

しかしこれは、協会に加盟する大手の会社11社だけに適応されるもので、加盟していない、たとえば今回問題にされているような中小の会社はそれに従う義務はなくなります。

同じような問題は、時計業界以外にもありそうな話ではあります。

私はテレビ番組を録画するのにブルーレイディスク(BD)を使いますが、たまに買い足しをしようとすると、日本で生産した製品を見つけるのが難しい状態です。それでも、製品のブランドは日本のメーカーになっています。

もっともこの場合は、日本以外の生産国名が印刷されていますけれど。

今回の朝日の記事には、問題の時計を販売する会社の名前がありました。私は朝日の記事をもとにこれを書いたわけで、その会社と同じようなことをしているのかもしれず、会社名を書くことは控えました。

ともあれ、独自に取材した記事を私はおもしろく読みました。ほかの人が読んでもそう感じると思いますが、この記事の電子版は、朝日新聞デジタルの有料会員以外は読めない仕様となっています。

そんなことをしていたら、一所懸命取材した記者も不満に感じるかもしれません。多くの人に実態を届けようと思って、取材して記事にしたのでしょうから。

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