『十万分の一の偶然』テレビ朝日のドラマは酷かった

昔、私は映画やドラマの脚本を書いてみたいと思ったことがあります。そんなことがあり、その頃はテレビのドラマもよく見ましたが、今は日本のドラマはほとんど見ません。見てもがっかりするだけだからです。

NHKBSプレミアムで放送されるドラマは割と見ています。その多くは、アガサ・クリスティ作品を原作とするものや昔の『刑事コロンボ』シリーズです。これらも、粗を探せば見つかりますが、日本のドラマほど酷いものはありません。

こんな私ですが、この日曜日の夜に放送されるドラマを見る気になりました。松本清張原作の『十万分の一の偶然』が放送されることを知ったからです。

今回の放送は再放送で、初回の放送は、清張が亡くなって20年を記念する2012年12月15日だそうです。このときの放送を私は見ておらず、今回初めてとなります。

原作の『十万分の一の偶然』は、『週刊文春』1980年3月20号から1981年2月26日号までほぼ1年連載され、連載が終わった年の7月に単行本になっています。私は単行本を発売間もない頃に読んでいるはずです。

この作品は電子書籍になっていますが、その電子版を今年の5月頃に読み、本コーナーで取り上げました。その投稿は、本サイトのドメイン変更などで消えてしまいました。

この作品がどのようなドラマになっているのか気になり、録画して見ました。が、またも裏切られた気分です。これは失敗作です。ドラマを作ったテレビ朝日の開局60年を記念した作品のようですが、それがこれでは、ドラマ作りのレベルの低さを露呈しただけのように思います。

配役を見て嫌な予感はしていました。主演が田村正和中谷美紀だったからです。ふたりは親子で、このふたりを軸に清張の『十万分の一の偶然』を描いたのですから、失敗は最初から約束されたようなものです。

本作のあらすじを詳しく書くことは避けますが、ポイントの一つは、権威というものの存在です。

作品で「A新聞社」としていますが、このように略しますと、「A」に「朝日」を当てはめてみたくなります。その朝日新聞も読者が撮影したニュース写真を公募し、年間の最優秀作品を賞することをしています。

そんなA新聞社の「読者のニュース写真年間賞」が事件の舞台になります。その年の最高賞は、夜の東名高速道路で起きた大規模事故直後を撮影した『激突』に決まります。撮影したのは、山鹿恭介(やまが・きょうすけ)という男です。

事故は、その年の10月3日午後11時頃、東名高速の御殿場インターチェンジ(IC)沼津IC間の下り車線で発生します。先を走っていた12トントラックが突然横転し、うしろに続いて車6台が次々追突し、トラックに乗っていた2人を含め、6人が死亡し、3人が重傷を負いますます。

トラックの後ろの車3台の車が炎上しますが、その模様を斜面の絶好の位置から撮影したのが山鹿です。山鹿は写真撮影を趣味としていますが、競争意識の強い男です。自分の写真の腕のなさを棚に上げ、写真仲間が撮る感性を活かす写真を「サロン風写真」と馬鹿にしたりします。

山鹿は自分に感性が不足していることを自覚しているため、その方面の写真を「サロン風写真」と敬遠しているだけなのでした。その代わりに山鹿が選んだのが報道写真です。これであれば、チャンスを掴むことができれば、現場の生々しさを写真の強さに変えることができます。

そんな山鹿が的を絞ったのが、A新聞社が主催することで権威を持つ「読者のニュース写真年間賞」の年間最高賞でした。

そのために山鹿が近づいたのが、同コンクールで審査委員長をする古家庫之助(ふるや・くらのすけ)です。長年コンクールの審査員をする古家は、良い報道写真が集まらないことに不満を持っていました。

報道写真は現実に起きた現場でしか撮影できません。ですから、カメラを常に携帯していようが、極めてまれな現場に遭遇できない限り、撮影することはできません。それは、十万分の一の偶然を待つようなもの、というわけです。

そんな苛立ちもあってか、古家は仲間内に冗談めかして囁くことがあります。そんな場面の一つを本作から一部抜粋させてもらいます。

「ところが カメラ・ファン 心理 も とくべつ だ。 みんな『 激突』 を マーク し て いる。 が、 マーク し ても どだい 無理 だ から、 いま 云っ た よう な 危険 な 演出 写真 に なる。 そんな のを 当選 さ せ て 紙上 に 出し て み なさい。 読者 は 演出 写真 とは 知ら ない から、 またまた ケンケンゴウゴウ の 非難 が 新聞社 に むかっ て 起る。 紫雲 丸 の 例 を 出し て、 なぜ 写真 を 撮る ヒマ が あっ たら 救い に 行か ない か、 とね」

「そう です ね」

「そりゃ、 新聞社 などの 内輪 の 集まり には 冗談 に ぼく も 云う よ、 応募 作品 が こんな 不作 ばかりでは 選び よう が ない から、 なか には すこし ぐらい 演出 の 写真 が あっ ても いい じゃ ない か、 とね」

「………」

  古家 庫 之 助 は コップ を 持っ て 肥っ た 身体 を 恭介 の ほう に ずり 寄せ、 心配 そう に 低い 声 で きい た。

「きみ の『 激突』 は 大丈夫 だろ う ね?」

松本 清張. 十万分の一の偶然 (文春文庫) (Kindle の位置No.2326-2333). 文藝春秋. Kindle 版.

自分の名を売りたいがため、山鹿は師と仰ぐ古家には、盆暮れの贈り届けはもちろんのこと、ゴマすりの手紙も始終出しています。藁に縋るように古家に頼る山鹿の耳に、悪魔のささやきが届いた結果といえましょうか。

山鹿はその夜、東名高速道に面する斜面で、6台の玉突き事故の現場に遭遇する十万分の一の偶然を手に入れ、その年の年間賞を得たのでした。報道写真界の権威であった古家も大満足であったでしょう。

このあたりの一つ目のポイントが、テレビ朝日制作のドラマではちっとも描かれていません。新聞社が催すコンクールが権威となり、その権威に縋った山鹿が最高賞を得るために起こしたかもしれない大参事の疑いがあるのにです。

ドラマはなぜか、父と娘の交流を描くことに力を注いでいます。

娘を演じるのが中谷美紀だと知り、私は嫌な気分になりました。日本のドラマを見ない私ですが、彼女の名前は知っています。ただ、彼女に興味を持つことはありません。演技に期待できないからです。

顔の造りも好きではありません。目のあたりが不自然に見えます。昔から、整形したのではという噂が絶えません。真偽のほどはわかりません。

清張の作品を今年のはじめから電子書籍でまとめて読むことをし、ドラマ化されたドラマが見たくなり、たまたまテレビで再放送されたドラマを見る機会がありました。

清張原作の『ゼロの焦点』が映画化(2009年版『ゼロの焦点』)されたものを見ましたが、そこにも彼女が主要な役回りで出ていました。それも出来が悪いものでしたが、彼女の演技も見る価値がなかったです。木村多江も良くなかった印象です。

今回のドラマで中谷が演じたのは、交通事故で死ぬ山内という女性で、その父を田村正和が演じています。

原作では、山内の娘が詳細に描かれることはありません。事故で死んでいるからです。代わりに、彼女の姉が事件現場に向かったりしています。田村が演じた姉妹の父は、ほとんど描かれていなかったと思います。

原作で山鹿に執拗に迫るのは、事故で死んだ山内の婚約者だった沼井という大学で助手(今は「助教」というのか)をしていた男です。この沼井が山鹿を追う執拗さが二つ目のポイントです。

警察が単なる事故として処理してしまったため、真犯人の逮捕を警察に任せられないと考えた沼井は、1人で権威に翻弄された真犯人に立ち向かい、執念深い復讐劇を展開するのです。

見方を換えれば、そうした権威を笠に着た人間を許せないのは、作品を書いた清張自身で、登場人物を借りて復讐させたともとれます。

いくらでも原稿の枚数を費やせる小説だからできた描写です。それを2時間足らずのドラマで表せというのは土台無理な注文です。小説でしかこの作品は楽しめません。

それだからか、テレビ朝日のドラマでは、事故で死んだ山内の父が山鹿に迫る役回りになっています。しかも、犯行時の決定的な証拠を見たという事故の生き残りが、意識を回復した直後に殺されてしまうという、原作にはない事件まで加えてドラマを盛り上げようとしています。

それにしても、田村正和という役者は、いくつになっても、自分が他人からカッコよく見られたい人なのですね。それが目について、ドラマの筋が入ってきません。

娘を事故で亡くし、その事故がもしかしたら故意に起こされたのかもしれないと考える父であれば、恰好などには構っていられないでしょう。ところが、田村が演じる父は、ヘアスタイルに気を使い、衣装もよりセンスのあるものを衣装係に要求しているように見えます。

田村が格好つけて台詞をいうからか、ほかの出演者に比べて聴き取りにくいです。何をしゃべったのかわかりにくいのは、見ている人に不親切です。

本作は、田村が原作を気に入り、久しぶりのドラマ出演となったそうです。ドラマを作るテレビ朝日も、田村さんが出演してくれるならと気を遣い、ドラマの展開をそっちのけにして、田村と中谷のプロモーション・ビデオのような仕上がりにしてしまっています。

事件を原作の1980年から現代に換えているため、事故誘発のもとが原作のままでは成り立たないと考えたのでしょう。ドラマでは別の方法を使っていますが、それでも事故を誘発できたかどうか、疑問に思わないではありまん。

山鹿を演じた高嶋政伸の演技も褒められたものではないですね。しかし、役者は出来上がった脚本どおりにするしかないわけで、出来の悪い脚本が責められるべきかもしれませんが。

イギリスで制作されるアガサ・クリスティ原作のドラマは、今でもフィルムで制作されています。それでしか、原作に近づける表現ができないと考えているのかどうかはわかりませんが、日本のドラマのように、何でもかんでもビデオで済ませてしまう現場とは、映像美の追求という点からも、雲泥の差があるといわざるを得ません。

あまりにも出来が悪いテレビ朝日制作の『十万分の一の偶然』だったため、駄目さ加減が確認できた時点で録画を消そうと思いましたが、駄目な見本として残すことにします。

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