私がそれを、個人の使用物として購入したのは初めてです。それは、アイロンとアイロン台です。
これも私にとっては、これまでほとんど縁がないことでした。アイロンを使うことです。気まぐれで一、二度使ったことはあるかもしれませんが、使った記憶がありません。
私は着るものに特別気を使ったことがなく、しわがよっていたとしても、気にせず着ていました。
そんな私が、身だしなみに気を遣おうと考えたきっかけは、本コーナーで取り上げましたが、NHK BSプレミアムで、昆虫画家のた熊田千佳慕(くまだ・ちかぼ)(1911~2009)の暮らしぶりを見たことです。
熊田さんはお金をかけない暮らし方をしていました。本業の絵を描くものにしても、専用の机などは使わず、家で使う電気ごたつを制作用の台に使っていました。
そのような生活を長年にわたって続けてこられたことが窺えました。世間一般に比べれば、質素な暮らしといってもいいでしょう。そんな生活をしながら、熊田さんは少年のように瞳を輝かせて、虫を観察したり、絵を描いたりしていました。
そんな熊田さんの暮らしぶりを伝える番組で私が印象に残ったのは、自分の下着にアイロンをかけるシーンです。
他人に自分をよく見せたい人であれば、そんなところを他人に見せたりしないでしょう。熊田さんはそんな自分の生活ぶりも隠さず見せ、見せるだけでなく、テレビで放送されるビデオの撮影も許しています。
カメラに撮られている中、熊田さんはいつもそうするのでしょう。洗濯が終わった自分の下着にアイロンをかけました。半袖のシャツへのアイロンがけが終わると、次はパンツにアイロンをかける様子が写っていました。
パンツといっても、撮影当時95歳の熊田さんですから、今流行りのパンツではありません。昔のいい方をすれば、「猿股(さるまた)」ということになりましょうか。
アイロンをかけ終わったとき、取材のディレクターにアイロンをかける理由を訊かれたのでしょう。熊田さんは機嫌が良さそうに笑いながら、次のように答えています。
これは男の美学です。と思ってるんですがね。見てて・・・似合うかわからないですよ・・・変な汚いやつ履いてきたら、驚いてね・・・。結局、ちょっとした隠れたおしゃれじゃないですかね。これは、しゃれじゃないんですね。本当からいうと、身だしなみだと思うんですよ。男は誰で持ってなくちゃならない身だしなみだと思うんですよね。
「虫の村に生きる画家 熊田千佳慕 93歳」アイロンがけのシーン
熊田は歳をとってから、外に出ることがなくなった、と夫人が話しています。その夫人と久しぶりに、自宅近くの草原へ行き、そこで虫の観察をするシーンがあります。
もしかしたら、番組のために、そこへ出かけてもらった(?)のかもしれません。
近所へ行くときも、熊田さんはアイロンをかけて折り目がしっかりついたズボンを履き、青っぽいセーターのようなものを着て行きました。汚れのない革靴も履いていました。
そのように、自分の着るものに神経を使うことが、熊田さんにとっては当然のことであり、それが彼のいう「男の美学」であったり、男でも持っていなくちゃならない「身だしなみ」ということでしょう。
それを見て、学べるところは学ぼう、とアイロンの購入を決めました。
初めにも書いたように、私はこれまでアイロンがけをしたことがありません。しかし、どんなことでも一から勉強です。今後は熊田さんに倣い、男の美学を少しずつ身につけて行こうと考えています。
その前に、アイロンのかけかたを覚えないと。プラグをコンセントに挿して、温度のダイアルを回すだけでいいのかな?