赤塚不二夫(1935~2008)の漫画『天才バカボン』に登場するレレレのおじさんが私の身の回りの住人であったなら、「おや? どこへお出かけですかぁ~?」と声を掛けられてしまうかもしれません。
自転車にまたがる私は、どこといって大したところへではなく、「ちょ、ちょ、ちょっと郵便局へ」と軽く会釈をしながら答え、ほうきで何を掃いているかわからないおじさんを背に、自転車を走らせ続けることでしょう。
今日の関東南部の予報は、午前9時頃には空が雲に覆われるということでした。がー、、、アレ? アレ? アレレのレ~??? ちっとも曇ってこないではないですか? その時間、当地の上空に広がる空は広く晴れ渡っています。ほぼ快晴です。
まさか。そんなわけはない。あの気象庁が嘘をいうわけがない。嘘をついたのでなければ、この快晴は何だ? そか! 嘘をついたのでないのに晴れているということは、ただ単に予報が外れただけのことなのだ(^m^) そんなバカなことを考えながら、私はペダルを漕ぎ続けました。
ジャンパーのポケットには、このところ私の定番となっているデジタルオーディオプレーヤー(DAP)のiPod classicが入っています。入っているだけではありません。音楽を鳴らせています。音楽を聴くためのDAPをポケットに入れているわけで、当たり前といえば当たり前です。ただ入れているだけなら、邪魔なだけです。
今日の場合も、私は特定のアーティストの曲だけに絞らず、iPod classicに登録してある全曲(今日現在【10800曲】)をガラガラポンして、ランダムに曲をかけてくれる【シャッフル】に設定しました。
目指すは郵便局前のポスト。別にどこのポストでもいいのですが、私の自転車散歩コースに郵便局があるからです。
私には、たとえば散歩コースなどが一旦できると、あとは毎回毎回同じコースを回る習性があります。これは私の日常生活全般にもいえ、そのひとつの「型」を守る特徴があります。逆の見方をすれば、なかなか型を破れない、ということができそうです。
でも、ま、それもこれもひっくるめて私という人間なのであり、いい悪いの問題ではない、ということにしておきましょう。
ポストに投函する郵便物は、NHK-FMのリクエスト番組「サンセットパーク」宛てのリクエストカードです。今回のカードには誰の何ていう曲を書いのたか? それは、放送があるまで秘密です。
リクエストカードを投函し終えた私は、かつて私が入院した病院方面を目指します。
3年前、私はその病院で一命を取り留めました。同じ病院の同じ脳神経外科病棟でその4年前、姉は一命を取り留めることが叶いませんでした。
あとでよくよく考えると、姉が息を引き取った病室とそう違わない病室(もしかして、個室は同じ部屋だったかな?)に私も入っていたことになります。
永井荷風(1879~1959)がまだ荷風でなかった15歳の年、壮吉は首にできものができて、帝国大学第二病院へ入院したそうです。そこで壮吉は一人の忘れがたい看護婦さんに出逢い、惚れ込んでしまいます。
壮吉は幸いすぐに退院できたものの、彼女への想いは募るばかり。荷風といえば散歩。散歩といえば荷風というぐらいで、彼女のいる病院の周りを徘徊したりしたそうです。
しかし、壮吉の恋心が報われることはありませんでした。憧れの看護婦さんは里帰りしてそこで結婚してしまったからです。
憧れの君は「お蓮さん」といいました。壮吉は「蓮」と同じ意味を持つ「荷」という字を当て、今に伝わる「荷風」という雅号が誕生しました。それを終生使い続けた荷風は、お蓮さんへの想いを生涯持ち続けたことになりましょうか。
病院という閉じた空間では、恋心が燃え盛ります。入院中、惚れっぽい私は、すぐに好きな看護師ができました。
その後何ということもなく今日に至ってしまいましたが、ある種、郷愁のようなものを感じ、私は自転車で病院の辺りを「徘徊」することを続けているのかもしれません。
その病院に近づいたときです。【シャッフル】で曲がランダムに流れている中で、ある曲が聞こえ出しました。とても聞き覚えのある歌声と曲。そうでした。小島麻由美(1972~)が歌う『私の運命線』です。
この曲は以前、「サンセットパーク」にもリクエストしています。手相の運命線というのは掌の中央を縦に延びる線です。
早死にの姉は、この運命線が発達していました。
女性でこの線が発達している場合、男勝(まさ)りで、既婚者の場合は夫を食い殺す(←「夫を尻に敷くほど生活力がある」ぐらいの意味に取ってください)「後家(ごけ)の相」ともいわれるほどです。
結局は、自分で自分を食い殺すようにこの世を去って逝った姉です。
私が、そして姉が入院し、姉の場合はそこから現世に戻って来られなかった病院の外見を見ながら、小島麻由美の『私の運命線』を聴く。そのタイミングで「縁(えにし)の糸」をたぐり寄せてくれたiPodはジャンパーのポケットの中にあったのでした。