2012/07/20 鬼海弘雄の変わらない撮影術

今月号が今日発売になりましたので、すでに先月号になってしまったカメラの月刊誌『アサヒカメラ』7月号に、作家で写真も映画も撮る椎名誠1944~)と、写真家の鬼海弘雄(きかい・ひろお|19452020が写真について対談した「写真とことば、旅の話」が載っています。

百々俊二氏×鬼海弘雄トークショー

椎名といいますと、『アサヒカメラ』に「シーナの写真日記」という連載コーナーを持ち、そこに文字通り、毎月白黒の写真と文章を載せています。7月号時点で232回ですから、随分と長く続いています。

鬼海の作品で凄いと思うのは、ひとりの人物をまっすぐに写したモノクロームの肖像写真です。まるで肖像画のように、背景も無地です。あとで知りましたが、それらは東京の下町、浅草浅草寺の境内で撮影したものだそうです。

使うカメラは、写真家になると決めたときに手に入れたハッセルブラッドシリーズのスタンダード・モデル「500C」です。

私はこのカメラに昔から憧れがあり、いつかは手に入れて使いたいと思っていました。が、結局はその願望は満たされないまま終わりました。35ミリ判のカメラに比べて大きく、四角い箱形のカメラを構え、上からファインダーを覗き込むようにして撮影します。撮影された写真が、【1:1】のスクウェアになるのも特徴です。

48 Hours with a Hasselblad 500c

このカメラ1台で、鬼海が40年近く前に始めたのが浅草での肖像写真です。人物を真正面からバチッと撮影するスタイルです。椎名誠もこの作品群には並々ならぬ関心をお持ちで、どのように撮影するのか、対談で次のように質問しています。

浅草で撮っている鬼海さんの写真が僕は好きでしてね。自分もいつか浅草に通い詰めて、鬼海さんの「マネ写真」を撮りたいなとすら考えているんです。だからあの写真の秘密をぜひ知りたいんですが、あんなに一枚ずつビシッと決まって肖像画みたいに見えるのは、いったいどうやっているんですか。最初にあのシリーズを何の予備知識もないまま見たときには、きちんと三脚を立てて、助手を後ろに2人ぐらい付けて撮影しているのかと思いましたよ。

それに対する鬼海さんの答えです。

(使っているカメラは)ハッセルブラッドです。三脚は使わずに手持ちで、背景もただの壁ですから。浅草で撮りだした40年近く前からずっと一人で同じ撮り方です。三脚を使うと撮られる相手が構えてしまって固くなりますからね。

売れっ子の写真家になると、「先生」などと呼ばれるようになり、数人の助手を引き連れて撮影したりするようになったりします。写真スタジオを使った撮影の場合は、「先生」が来るまでに助手が撮影がすぐ始められる状態にセッティングしておき、遅れてスタジオに入った「先生」はただシャッターを押すだけ、といったことも珍しくない(?)でしょうか。

その点、鬼海さんは、たったひとりで始めた撮影スタイルを今も守り、助手など一切つけず、毎日のように浅草に通い、ごく普通の庶民を写真に撮り続けていることになります。

たとえば、篠山紀信1940~)といった大御所であれば、モデルを自分で見つけてくることはないでしょう。

「篠山先生ならぜひ写真を撮って欲しい!」というモデル志望は多いでしょうから、毎日でも、選り取り見取りでモデル候補は現れるでしょう。それを、工場の流れ作業のように撮影することで、いとも簡単に「作品」らしきものは大量生産できます。

その点、鬼海は、たったひとりで浅草の浅草寺へ通い、そこで何時間もかけて自分が望むような「モデル」が向こうから現れるのをじっと待つそうです。

浅草では1日で3時間か4時間は粘りますが、声をかけたくなるのはせいぜい一人か二人ですね。見光客なんて撮りたくないし、集団でいる人もだめです。一人でいて、その人の生活が浮き出ているような感じじゃないと。

相手が人間の場合、撮るこちら側の雰囲気のようなものが撮られる相手に伝染します。ですから、被写体となる相手の表情や仕草には撮っているこちら側のそのときの精神状態がダイレクトに反映してしまう、といったいい方を昔からよく見聞きします。これは当たっているように思います。

こちらがコチコチに緊張していたのでは、写真に写る人の表情も固くなってしまうでしょう。鬼海の場合は、何時間も粘った末に出会った赤の他人を相手にするわけで、そのときはこちらの気持ちがリラックスしていないと、素直な気持ちでカメラを通して相手と心を通わせることができず、その結果、相手の素の表情を写し撮ることは難しいわけで、これは、常日頃心身を健康に保っていないと続けられないことでしょう。

写真の撮影というのは、イメージしているよりもタフな行為で、気分が乗っていないと気持ちよくシャッターを切れません。

鬼海は海外へ行き、そこで写真を撮ることも続けています。鬼海の場合は、繁栄した豊かな国ではなく、貧しくてどこか懐かしい国に暮らす一般庶民を被写体に選ぶことがほとんどのようです。これは、浅草でたまたま出会った人々を写真に収めるのと通じています。

(海外の町や村で)滞在1週間くらいになって、過ごしていてあくびが出るころになると、ようやく撮れるようになってくる。私の場合はやっぱり時間がたっぷりと欲しいんです。もしいまゆっくりと出かけられるんなら、半年くらいどこかの町に居ついて、肉体を使って働いている人たちの姿なんかを撮っていきたいという気持ちがあります。

私も長いこと下手の横好きで写真を撮っていますが、昔から被写体はほとんど変わっていません。身の回りの何でもないものを撮るだけですから。でも、いくら撮っても飽きることがありません。

撮った写真は、作品でもなんでもありませんが、私の場合は、撮る行為そのものを楽しんでいることになるのでしょう。

どんなことでも長年続けることで、何かしらの意味みたいなことが見えてくる、かもしれません。

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