値上げラッシュが市民生活を直撃しています。
長いこと、日本では物や事の値段は安いほど良いとされました。それがここへ来て、どちらも上がり、あちこちから悲鳴が聞こえるようです。
その一因を新コロウイルスのせいにしていますが、個人的にはその理由はナンセンスです。
本コーナーで繰り返し書いていますが、新コロウイルスは存在が未だに確認されていないからです。新コロウイルスに限らず、従来からある、インフルエンザウイルスをはじめ、ウイルスと名のつくものの存在が疑わしいという話があります。
とりあえず、新コロウイルスに限れば、存在しないと考えて間違いありません。これまでにそのウイルスを単離した人が世界中にひとりもいないからです。
存在しないのであれば、それに感染することなどあり得ません。であるのに、この騒ぎを企てた連中に連なるマスメディアは、未だに「感染者」の数を伝え、今また、感染の波が大きくなってきたと伝えています。
その議論をここでする余裕はありませんが、ともかくも、それを理由にサービス料が上げられてしまったのでは腑に落ちません。
昨日の朝日新聞は「完走へ参加費が第一関門 市民マラソン値上げ相次ぐ」の見出しで記事を載せています。
見出しを見るだけで記事のおおよその内容が想像できるでしょう。今では全国各地に市民マラソン大会がありますが、それに参加するための費用が軒並み値上げされ、それが参加者の懐を直撃し、大会に影響が出ていることを伝えています。
具体的には、来年3月に開催予定の東京マラソンは、前回から6,800円高い23,300円とされています。私はこの手の大会には縁がないため、この価格をどの程度高く感じるのか実感がありませんが、それまで参加していた人には、非常に高いと感じられるのかもしれません。
ほかにも、大阪マラソンが前回より6,400円高い17,200円、福岡マラソンは3,600円高い16,400円、熊本城マラソンも4,000円値上げされた、と書かれています。
それぞれの大会は、一様に新コロを値上げ理由のひとつに上げています。具体的には、スタート時に密集を避けるため、待機場所を広げたり、警備員の増員や柵の新設などで費用が増えたことなどを上げています。
すでに書いたように、マスメディアが盛んに報じている新コロウイルスは存在が確認されていません。ないものをあることにして「警戒」し、そのための費用が参加者に跳ね返っている形です。
こんな馬鹿げた話があるでしょうか。
それは大会の主催者へも跳ね返っています。
市民マラソンの大会にも積極的に参加することで知られる陸上選手の川内優輝選手(1987~)が今年9月、ツイッターを通じて、市民マラソン大会への参加を見送る理由についてアンケートを募ったそうです。約1万人から得られた主な結果は以下のとおりだそうです。
- 参加費が上がりすぎ 45.3%
- 直前で中止の可能性があるから 40.2%
実際、大会が中止になったものの、参加費が戻らなかったケースがあったそうです。もしもそんなことを一度でも経験したら、参加に慎重になるのは当たり前の心境です。
記事にはありませんが、どの大会がそうか調べてみると、東京マラソンは大会を中止しても、参加予定者に費用を返さなかったそうでうすね。
そんな影響で、それまでは申し込み倍率が毎年4~5倍だった大阪マラソンが、今回初めて、定員割れし、追加募集に踏み切ったとのことです。
ほかにも、熊本城マラソンが、申し込みが1.5倍に減り、神戸マラソンも例年の4倍程度が1.6倍へと急落しているようです。
私のケースでいえば、額が違いますが、大会が開かれるたびに足を運ぶ、高校野球の地方大会の入場料値上げに見舞われました。
大会は春・夏・秋と年3回ありますが、いずれも本大会の入場料は長いこと600円でした。それが、入場制限が解かれた今年の春の大会から、1,000円に値上げされました。
たった400円と思うかもしれませんが、入場するごとに(同じ日であっても、別の球場へ入場するときは、新たに入場券を購入しなければなりません)この価格が上乗せされ、気分がよくありません。
そんなこともあって、春は3回観戦しましたが、夏はテレビ中継があることもあり1回も行かず、秋も1回行っただけでした。
おまけに、入場料を購入する前に、感染対策として、住所・氏名・電話番号を書かなければなりません。それもこれも、あることにされているウイルスが理由とされており、毎回、納得できない気分になります。
さらにおまけに、マスクを強要され、声を出しての応援は禁止です。出来の悪いコミックを演じさせられているようです。
「希望」があるとすれば、今の新コロ茶番騒動が一段落したら、そのための対策は必要なくなることになり、元の入場料に戻る可能性があることです。
その願いも含め、早く茶番騒動は終わりにして欲しいです。
値上げといえば、昨年の春に朝日新聞が、そして、秋に産経新聞が購読料を値上げしています。自分たちはさっさと値上げした上で、マラソン大会の値上げを記事にして、参加者を憂いているのは、滑稽といえば滑稽です。
朝日と産経は、マラソン大会の参加者を憂う前に、自分たちの新聞の購読者を憂うべきではありませんか。と皮肉を書いておきます。
私の家ではほかに、日経新聞と地方紙も購読していますが、主要3紙はページ数が減っているように感じることがあります。
新聞を編集する決まりとして、広告が記事の量を上回ってはいけない、というものがあったと思います。これを逆に見れば、広告が取れないため、記事を減らさざるを得ない状況に追い込まれているのでは? と勘繰ることもできます。
まあ、今のように、ありもしないウイルスの恐怖を煽ったり、ウクライナ紛争や米国の選挙を、真実を捻じ曲げて報じていたのでは、読者離れ及び広告主離れを招くのも当然の帰結といえましょう。
あと5年後、10年後、主要新聞はどうなっているでしょうか。
心配していっているのではありません。危機感を持て、といいたいのです。