私は甘い恋愛映画・ドラマはどうにも苦手です。その代わり、社会派映画・ドラマの類は好きです。昨日はそんな社会派映画を2本見てきました。
何の気なしに見つけた「社会派映画特集」というのがそれで、今、東京の東池袋にある新文芸坐で開催されています。
この期間(8月2日~8月22日)、上映作品は日替わりで、そのラインナップの豪華さにも目を奪われてしまいます。以下がその上映作品です。
正直いって私はそのどれも見たことはないのですが、興味をそそられるようなタイトルばかりが並んでいます。
ところでこの映画特集が組まれている東池袋の新文芸坐ですが、私は今回初めて行きました。場所は池袋駅の東口方面にあり、ビックカメラ本店の裏手の方角になります。
その周辺にはラブホテルやちょっといかがわしい風俗店などが混在し、一種独特の雰囲気があります。同じようなホテル街には渋谷の道玄坂がありますが、こちらはそれほどに洗練されていない、垢抜けなさが漂うような気がします。
昨日、私が見た作品は、いずれも熊井啓(1930~ 2007)が監督した『帝銀事件 死刑囚』(1964)と『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』(1981)です。
ふたつとも今回初めて見ましたが、いずれも実際に起こった事件を題材にしています。2作品ともモノクローム作品です。
まずは『帝銀事件・死刑囚』について書きます。映画で描かれた事件は、終戦後まもない、昭和23年に起きています。
この事件については、私は松本清張(1909~1992)が、自分の推理を交えて書いた作品を過去に読みました。
清張が展開した推理では、犯人として捕らえられ、死刑囚となったものの、刑が執行されず、獄中で生涯を終えたテンペラ画家の平沢貞通(1892~1987)が真犯人ではなかったのでないのか、との論法を採っています。
熊井監督はこの事件を描くに当たり、視点を昭和新報という新聞社を軸に置きました。ジャーナリストが事件を真実の光の下に暴き出すといった描き方で、この手法を採る限りどうしても、「巨悪は体制側にあり市民は被害者」の立場とならざるを得ず、実際、そうした作品に仕上がっています。
実際に起きた「帝銀事件」をおさらいしておきます。
日本が米軍の支配下にある時代、東京豊島区の帝国銀行椎名町支店を訪れた犯人は、自分を東京都衛生課の人間だと偽り、赤痢を予防する薬と称して、毒物を飲ませ、12人の命を奪った日本犯罪至上まれに見る凶悪事件が帝銀事件といわれる事件です。
おそらくは、それが犯人の犯行目的と思われますが、大金が犯人によって銀行から奪われました。
犯人とされた平沢は、裁判によって死刑を求刑されます。しかし、歴代の法務大臣は、刑の執行の判を押す責任を回避し、平沢は獄中で39年間過ごし、95歳という長寿でした。
このような結果を導く一因となったのは、いわゆる“進歩的文化人”らによる運動で、どこまで根拠があったのかわかりませんが、彼らは一貫して「平沢は無実で全くの冤罪だ」と主張しました。
私も当初はそのような印象を持っていました。しかし、皮肉なことに、平沢冤罪説を唱える清張の推理を読むことで、逆に、「平沢が真犯人に違いがない」という確信めいたものを持つに至りました。
そう考える根拠のひとつは、アリバイの弱さです。それを証明するのが家族など身内の者だけに限られていたのは致命的です。それに加え、平沢が事件後に銀行へ振り込んだとされる大金の出所も疑惑を与えるに十分な材料です。
このような素人の私の「推理」は、今回、熊井監督が指揮を執った作品を見ても変わりません。平沢が持っていた特異な人間性が増幅された印象です。
続いては、『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』について見ていきましょう。
「下山事件」は、帝銀事件が起こった翌年の昭和24年に発生ています。それでは、この事件についても、簡単にあらましを確認しておきます。
当時、日本国有鉄道(国鉄)の総裁をしていた下山定則氏(1901~1949)が行方不明となり、その日の深夜、東京・足立区内の常磐線の線路上で、夜間運行の貨物列車に轢かれた無残な姿となって発見されます。発見状況からして単なる列車事故とは思われず、そこから「自殺説」「他殺説」双方の説が採られ、事実の解明は困難を極めてます。
当時は労働者の運動が最高潮の盛り上がりを見せており、国鉄の人員を数万人規模で削減する計画が実施に移されつつあることを知るや、圧倒的な組織力を持つ国鉄左派の労働団体が猛反発を見せ、日本全体を革命に導くほどの危機的状況にありました。
そんな最中における下山総裁の死であるだけに、憶測が憶測を呼び、体制側は日本共産党が首謀者だといい、左派は左派で、共産党に見せかけた体制側の陰謀だと主張しました。
またもや、新聞記者を主人公にした熊井監督作品は、どうしても体制陰謀説に肩入れをしています。
その是非は置くにしても、制作年代を見て驚くほど最近になって(といっても20年前ですが)作られた作品であるにも拘わらず、モノクロームのせいでしょうか、流行りものとは無縁の骨太なつくりで、個人的には好印象を持ちました。
また、事実はどうだったのかわかりませんが、熊井監督が採った想定も十分に説得力のあるもので、「もしかしたらこの通りの事実だったかもしれない」と思わせられてしまいます。
たまたま私の前の席にひとりで座って見ていた高齢男性はは、当時の事件を肌で知っているためか、「ほぉ~、ほぉ~、、、」と盛んに感心しながら見ていました。
今回見た2作品を含む「社会派映画特集」には、他にも見たい作品がラインナップされています。ですので、期間中にもう一度ぐらい足を運ぶかもしれません。
ともあれ、今回の企画はなかなかの人気のようで、お盆休みと重なるこれからは、込み合うことが予想されます。昨日もほぼ満席でした。