2007/03/20 『明日の記憶』と『博士の愛した数式』の2本立て

昨日のウィーク・デイ、私はといえば、のん気に映画鑑賞です。

今回は二本立てで、早い回から見ようと、早くに家を出ました。駅へ着くと、周りは通勤・通学客の群衆。そんな中、自分はといえば、会社へ急ぐわけでもなく、学校へ通うわけでもなく、いつものラフな出で立ち。バッグの中身は、デジタルカメラ(デジカメ)と単行本。

こんな環境の中、自分だけがこんな格好でウロウロしていていいものだろうか? と多少の違和感を抱きつつ、それでも、自分は自分だと駅を目指し、電車に乗り込みました。

それにしても、サラリーマンのネクタイ姿。見ているだけで首の辺りが苦しくなってきます。私も過去に短期間ネクタイを結んだことがありました。NHKの報道局で働かせてもらった半年間です。今、ネクタイで自分の首を締めることはありません。法事の時ぐらいでしょうかね。

目指すは、東京・東池袋にある新文芸坐。この劇場では今、毎春恒例の企画「気になる日本映画たち(アイツラ)2006」が日替わりで上映されているのです(3月14日~30日)。

昨日の月曜日には、気にかけていたものの見逃した2作品がスケジュールに組まれていたため、チェックしておいたのでした。

私が昨日見た作品は、『明日の記憶』2006)と『博士の愛した数式』(2006)です。

なぜこの2本の作品が「私の気になる日本映画たち(アイツラ)」だったのか? それは、この2本ともが脳に障害を持った主人公を描いているからです。そして、それを見る私の脳も、3年前の夏の終わりに障害を受けました。それで、この機会にどうしても見ておきたいと考えたのです。これは他人事じゃない、と。

それでは、昨日見た順で、まずは『明日の記憶』から参りましょうか。

作品が始まってすぐ、私はこの作品では泣かされるだろうと覚悟を決めました。音楽がそれを誘うのです。この作品の音楽を担当したのは大島ミチル1961)。そして、そのあとに見ることになった『博士の愛した数式』 の音楽は加古隆1947)です。別の作品でありながら、ひと続きに見たことで、2作品の音楽が自分の中で上手い具合に融和されてしまっています。

どちらもその基調に、柔らかく懐かしい響きをたたえ、別々の流れでありながら、自分の中ではひとつの流れとなっている感じがします。

冒頭、ひと組の男女が映し出されます。椅子に深々と腰を下ろす中年男性。その男の心はどこにあるのか。つかみ所のない表情で、呆然と前を向いています。その男の脇には彼の妻らしき女がいます。彼女は男に家族写真を貼り付けたボードを見せます。

「あなた、見て。芽吹(めぶき)よ。わかるでしょ?」。夫婦がいる部屋の窓の外には、雄大な自然が広がっています。

キャメラは、夫婦が時間を過ごす大自然の景色から、東京の大都会へと移り変わっていきます。時も6年前に遡った2004年春です。

高層ビルの1フロアで働く男がいます。冒頭で映し出された男と同じです。しかし、その立ち振る舞いは180度違います。男はエネルギッシュそのもので、部下たちのやる気を奮い立たせています。男は佐伯雅行(渡辺謙)といい、広告代理店の部長です。歳は49。彼には妻の枝実子(樋口可南子)と一人娘の梨恵(吹石一恵)がいます。

佐伯の生きがいは仕事。家庭は二の次三の次。背広をビシッと着こなし、毎日会社を街を自分の家の庭の如く駆け回って過ごしています。

そんな春、娘の梨恵が出来ちゃった結婚することになり、娘婿となる男(坂口憲二)との会食に臨む日。異変が顕在化し始めます。

乗り出そうとした車のキーが、、、「あれ? ない。どこにある?」。首都高速の出口も見落とし、妻をがっかりさせます。

会社でもミスの連発。忘れたなどという言い訳が許されない、大事な得意先との打ち合わせを忘れます。昼食時間、部下のテーブルの場所がわからなくなり、おぼんを持ったまま、レストランの中をウロウロします。しまいには、クライアントの会社の場所がわからなくなり、迷子になってしまいます。

やり手のビジネスマンであった佐伯部長、佐伯選手はど、どこへ?! 携帯電話で、取引会社までのルートを指示する部下たちは、佐伯の異変に戸惑いを隠せなくなります。

妻も異変に気づき、嫌がる夫を病院へ連れて行きます。神経内科の若手医師は、佐伯に簡単なテストを出します。「今日の日付は?」「ここはどこですか?」。佐伯は「自分をバカにしているのか?」とその場を立ち去ろうとします。

しかし、バカにしているように思われた質問にスラスラと答えられない自分に、佐伯は焦り始めます。

医師から下された診断は、初期のアルツハイマー病でした。医師は、「この病気を治す薬はありません」といいます。

ここで、作品からは少し離れます。ちょうど昨日の産経新聞に、アルツハイマー病の国産初の治療薬を10年前に開発したという京都大学大学院教授の杉本八郎氏(1942~)を紹介する記事が載っていました。

杉本氏のお名前が示すように、昭和17年、東京江戸川区に9人兄弟の8番目として生まれた杉本氏は、貧しい暮らし中で自分たちを育ててくれ両親に孝行することを誓い、工業高校を出たあと、何の会社か知らないまま、横文字の社名に引かれて医薬品メーカーの「エーザイ」へ就職します。

入社後、杉本氏は仕事のかたわら、自費で中央大学の夜間部に通い、有機化学の勉強をしたといいます。杉本氏は研究者として実績を積み、創薬研究の第一線で実力とリーダーシップを発揮していくことになりました。

この記事の中では、母親とのエピソードが語られていますが、杉本氏30歳の頃。母親に認知障害が現れ始め、親子の会話が成立しなくなったそうです。

「あなたは誰ですか?」
「息子の八郎ですよ」
「あたしにも八郎という子供がいます。よろしくお願いします」

母と意思疎通できない現実を知り、「認知症の薬を作ろう」と杉本さんは決意したのでした。

話を『明日の記憶』に戻しましょう。

私は、音楽の刺激も受け、いつでも泣き出しかねない精神状況にありました。“決壊”したのは、娘・梨恵の結婚式の場面です。親族を代表する挨拶でマイクの前に立った佐伯でしたが、挨拶の原稿をどこかへ忘れてしまいます。頭の中は真っ白です。それでも、妻の枝実子に「しっかり!」と手を握られ、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出します。

会社のリーダー格で、話好き。演説上手。そんな佐伯が、今は見る影もありません。しかし、だからこそ、それを見せられるこちらは、堪らない気持ちになるのです。

2席か3席離れたところに座っている見客からも、嗚咽のようなものが漏れ聞こえます。私は女性客だろうと思っていましたが、上映が終わり、場内が明るくなったあとにそれとなく見ると、スーツをビシッと着こなしたビジネスマン風の男性でした。

佐伯は仕事を続けられなくなり、生きがいだった職場を離れます。もう、背広もネクタイとも無縁の毎日です。しかし、第一線の仕事から退いた佐伯がより人間的に見えるのはなぜでしょう。その理由は、あなたご自身で考えていただきたいと思います。

続いて上映されたのは『博士の愛した数式』です。これは、小川洋子1962~)の小説を映画化した作品です。あいにく、私は小説は読んでいませんが、脳に障害を持った男の物語であることは知っていました。

映画のスタート場面は、とある中学校の教室です。窓からは、荒波が見えます。その教室へひとりの新任教師が現れます。担当は数学で、彼は自分のニックネームを「√(ルート)」と披露します。そ。数学の授業を憶えていますか? 平方根の「√」です。

青年となったルート(吉岡秀隆)は、自分が数字に興味を抱くようになった謂われを、教室の生徒たちに語り始めます。

ルートが10歳の時のことです。ルートをひとりの手で育てていた母・杏子(深津絵里)は、ある男の家政婦を担当することになりました。その男の家政婦は誰がやっても続かず、その難役が杏子に回ってきたのです。

何事も前向きに取り組む杏子は、自転車で元気に担当宅を目指します。

担当宅に着くと、離れに住む独り者の男の世話をして欲しい、と依頼主(浅丘ルリ子)から頼まれます。聞けば、その男は、留学して勉強までした元大学教授であったものの、交通事故で頭を強打したことが原因で、健常者には当たり前の記憶が保持できないといいます。「男の記憶は80分」だと聞かされます。

恐る恐る離れのドアを開けた杏子を出迎えたのは、依頼主の男(寺尾聰)です。見れば、着古したジャケットには、何やらメモ書きのようなものがいくつもいくつもクリップで止められています。決して、人が悪そうには見えません。

男は、初対面の杏子に向かい、「君の靴のサイズはいくつだね?」と尋ねます。杏子は、何でそんなことを訊くのだろうと思いつつ、笑顔を作って「24です」と答えます。すると、その男は、「ほぉ。4の階乗だな。潔い数字だ」と何やらわけのわからない感想を漏らします。杏子は呆気に取られますが、この問答は毎日同じように繰り返されます。男の記憶力のリミットがジャスト80分しかないからです。

男のジャケットにクリップ止めされているメモ書きの意味が理解できました。どうしても記憶を残しておきたいことを、メモにして肌身離さず持ち、いつでも確認できるようにするためでした。

担当日初日のこと。杏子は昼食には何を食べたいかを男に訊きに部屋に行きます。男は、いつものことで、机の前に座り、視線を宙に泳がせています。杏子の声に気づいた男は、怒り出します。「私は今、数字と愛を交わしているところだ。それを邪魔するとは何事だ。君はトイレを覗き見するより無礼なことをしているのだぞ」。実際こんな台詞だったかどうかは自信がありませんが、だいたいこんなニュアンスでした。

数字と愛を交わす? 見れば、黒板には難しげな数式が消されては、また書き込まれています。男の実像がおぼろげながら見え始めます。以後は、男を博士と呼びましょう。

杏子に10歳になる息子がいることを知った博士は、「私の世話をするために、息子をひとりにさせるのは申し訳ない。学校が終わったら私の家に来るようにしなさい」と正論を吐きました。

初めて会った杏子の息子の頭を撫でた博士は、息子に「ルート」という相性を授けます。√(ルート)という平方根は、どんな数字であっても嫌がらずに囲い込む。杏子の息子も、そんな優しさを持った人間に育って欲しい。そんな思いも込めてのことかもしれません。

博士の記憶は80分後には更新されてしまいます。毎日顔を合わせているルートを、博士は初めて会う子供のように慈しみ、頭を撫でては、「おお、賢さがいっぱいに詰まった頭だ」などと褒めます(←この台詞も実際にこうだったかは自信がないです)。

博士と杏子の会話をつなぐ要素は数字であり、そこに込められた人への愛です。

少年野球の練習中のこと。フライを追ったルートが、他の選手とぶつかって倒れ込んでしまいます。博士自身が、頭を強く打ったことが原因で障害を持ってしまったためか、大事に考え、病院へ運びます。

結果は大事には至りませんでしたが、診断結果を待つ間。落ち着かない杏子に、博士は「1本、線を引いてごらんなさい」といいます。杏子はいわれた通りに線を1本引きます。不思議なことに、線を引くという単純な作業に拘わらず、心が落ちつく感じがします。

博士は引かれた線を指し、「これには、初めと終わりがある。初めの点と終わりの点を結んだにすぎない。本来の意味の線には、初めも終わりもない。しかし、紙に線を引こうと思ったら物理的な限界がある。線を引く人間の体力にも限界がある。それでも、永遠に延びる線はある。それがどこにあるか? 心だ。私たちの心の中に永遠の線は存在するのだ」。こんな台詞でした。多分に私が脚色していますが。

博士は、数字をメディウムに、物事の真理を説いているように私の目には映りました。

物語は淡々と流れ、泣き虫の私も泣かされることなく見終えることができました。ただ、見終わっても、永遠に延びる線のように、なんらかの“教訓”めいたものが、自分の中に残りました。それが何なのかは、いつか気づくときがあるかもしれません。

心地よい感動を胸に劇場を出た私は、画材店に寄りました。油絵具を買って帰ろうと考えたのです。そこで、思いがけない異変が自分に起こりました。買おうと思っていた絵具の色を思い出せないのです。

焦り始めた私は、棚に並んだ絵具を1本1本目で追いながら、必至になって絵具の色を思い出そうとしました。私が欲しかった色はテラローザでした。結局は、何かの拍子にそれを思い出せ、ホッとしました。

私はその絵具と画溶液を買い求めたのち、家路を急いだのでした。

本日の豆追記
『明日の記憶』の挿入歌で、聞き慣れたメロディが流れてきました。ショッキング・ブルーの『悲しき鉄道員』です。この曲がこの作品でこんな風に使われているとは知らず、少し前、私は「サンセットパーク」にこの曲をリクエストしていました。「Sで始まるアルファベット・リクエスト」宛てです。
松任谷由実 – あの日にかえりたい (Yumi Arai The Concert with old Friends)

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