天皇陛下に土下座して謝る「いい子」

私は昔から「いい人」が嫌いです。私がいう「いい人」がどんな人を指すか、だいたいわかってもらえるだろうと思います。

朝日新聞の一面コラムに、鷲田清一氏(1949~)が担当される「折々のことば」があります。

第1回阪大STYLE 鷲田清一総長編 vol.1 (1/2)(2010.9.13)

コラムには番号が振られており、本日分には【2273】とあります。本日までにそれだけの回数、コラムを書かれたということです。それぐらい続いているコラムです。

私はそのコラムを読まないことも多かったのですが、最近は、気がつけば目を通すようにしています。

そのコラムでは、鷲田氏がさまざまな媒体から拾った、主に著名人が残した言葉を紹介し、鷲田氏が簡単な解説を添えています。

今月20日分では、森毅氏(19282010)の次のような言葉を紹介しています。

戦中の「よい子」は、戦後も「よい子」でありつづけたし、戦中の「悪い子」は、戦後も「悪い子」でありつづけた。

これは、森氏の評論集『ひとりで渡ればあぶなくない』1989)から拾った言葉だそうです。鷲田氏の解説がなければ、森氏の言葉を間違って受け止めかねません。

ここで書かれている「よい子」は、私の嫌いな「いい人」と同じ意味です。

鷲田氏は、森氏が残した「よい子」を次のように解説しています。

戦中は報国に身を捧げるのが、戦後は民主主義を謳(うた)うのが「よい子」とされた

それに続けて、森氏は、国家や学校の先生のいうことを上手に聞く子が気に食わない、と書いています。私も同じ意味で「いい人」が嫌いなのです。

権力者の周りには「いい人」が集まります。

安倍晋三氏(1954~)が首相をしていたときは、有名人や著名人が、安倍氏にとっての「いい人」になり、蜜に群がる蜂のように、近づいていきました。それを端的に示したのは、安倍氏が毎春の桜の時期に主催した「桜を見る会」19522019)です。

そのときの写真や映像が残っていますから、あとになって、なかったことにはできません。安倍氏を囲む人はみな作り笑顔が上手です。馬鹿芸人やバカスポーツ関係者も「いい人」になって(=バカ面下げて)写真や映像に収まっています。

2019年「桜を見る会」を全部見る

安倍政権が続く間は、テレビに登場するバカ芸人が、テレビの媒体を使って安倍氏を懸命にヨイショしていました。

同じような構図が、普通の人々の間でも見られます。

今月の18日に朝日新聞の文化面に載った記事に「政治の言葉 どう向き合うか」があります。朝日新聞の記者が、政治学者の原武史氏(1962~)に話を訊き、まとめたものです。

原氏は、先の大戦の終戦の年にあたる昭和20年3月に、ある作家があることを憤慨したことを紹介しています。

その年の3月、米軍によって東京大空襲をされます。

【B-29東京大空襲】映像と解説 / アメリカ軍B-29による日本本土への空襲 – 太平洋戦争 第二次世界大戦

その惨状を昭和天皇19011989)が視察します。その一部を、作家の堀田善衛19181998)が、都内の富岡八幡宮で目撃します。堀田によりますと、当地を視察に訪れた昭和天皇に、その場にいた民衆が土下座し、その中のひとりが「私たちの努力が足りず申し訳ない」といったそうです。

当時の民衆は、戦争を始めたくて始めたわけではありません。そんな民衆はいないでしょう。当時の軍部が開戦に追い込まれ、新聞やラジオが戦意を煽り立て、民衆は「いい人」になって戦争に参加していったのです。

どこまでが本当かわかりませんが、ゼロ戦で敵に特攻するとき、「天皇陛下万歳」と絶叫したと聞きます。

【軍歌】特攻隊節

天皇を守るために我が身を犠牲にした人もいたでしょう。それが、日本の敗戦に終われば、天皇の戦争責任を問うのではなく、逆に、自分たち民衆の力不足のせいで日本が敗戦に追い込まれた、と土下座までして天皇に謝るのが「いい人」というわけです。

その光景を目にした堀田は、「そんな法外なことがどこにある!」と憤ったというわけです。

日本は世界で唯一の被爆国です。一発目が落とされた広島ですが、その爆心地は広島平和記念公園になっています。その公園内に慰霊碑が立てられていますが、そこにはどんな言葉が刻まれているでしょう。なんと次のような言葉だそうです。

安らかに眠ってください。あやまちは再び繰り返しませぬから。

ルバング島から終戦30年目にして帰国を果たした小野田寛郎氏(19222014)が当地を訪れ、慰霊碑の言葉を確認して驚き、嘆いた話は、本コーナーで以前書きました。

「小野田さん30年目の帰還」No.1052_2

堀田氏が目撃して憤慨した構図と同じです。日本においては、誰がどんな罪を犯しても、それを言葉に出して非難するのではなく、自分が少しも悪くなくても、自分をとことん蔑み、懺悔するのが「いい人」とされるのでしょう。

世界で唯一原爆を落とされたのに、落とした米国を非難せず、「あやまちは再び繰り返しませぬから」と自分の国が悪かったという国民が、日本のほかにどこにいますか? この碑文を擁護して、主語は「人類」といい包(くる)めたりしますが、それは詭弁というものです。

戦勝国の米国に遜(へりくだ)った日本の役人か誰かの発案で刻まれた言葉でしょうよ。

鷲田氏の「折々のことば」をもうひとつ紹介します。今度は、昨日24日に紹介された福田恆存氏(19121994)の次の言葉です。

恐るべきは、現代の文明社会にも呪術が跡を絶たぬということではなく、呪術が呪術にすぎないという自覚の失われてしまったこと

福田氏の『藝術とは何か』から引用した言葉です。

呪術などといいますと、ずいぶん昔の話のように思われるかもしれません。現代を生きる人間が、そんなものに左右されるはずがない、と。

ところがどっこいです。鷲田は、現代文明の今も、それと無縁ではない、と次のように書いています。

民主主義の世も例外ではなく、報道や広告メディアが吐き出す「大義名分」や「固定観念」の魔術的暗示にいともたやすく高ならせると。

マスメディアや広告メディアが、呪術で民衆を操っているのに、それに気づかず、すぐに「興奮のるつぼ」に巻き込まれる、と福田氏は警告している、と鷲田氏は知らせているのです。

今の新コロ騒動がまさにそうです。

今の騒動が悪魔的暗示であることを、もういい加減、疑いませんか? それでも、権力者にとって「いい子」な人間は、権力者に盛んに尻尾を振り、自分の身に及ぶ危険に気づかずに生きていくのでしょう。

先の大戦時、尻尾を振って戦地へ赴いた先人たちのように_。

気になる投稿はありますか?

  • 気になる訃報 日テレの現役アナが54歳で脳出血気になる訃報 日テレの現役アナが54歳で脳出血 新聞には連日訃報が載りますが、本日の新聞各紙に載った訃報のひとつが心に引っかかりました。 それは、日本テレビの現役のアナウンサーだった河村亮氏(1967~2022)の訃報を伝えるものです。まだ54歳だったそうです。 私の家では、朝日、日経、産経、地方紙の4紙を購読していますが、たとえば朝日の記事では、「14日、脳出血で死去」と書かれています。 脳の発作や病 […]
  • オブラートで包まれた死?オブラートで包まれた死? 夜の遅い時間、一緒に暮らす家族のひとりが、部屋でぐったりしているのを発見したら、どうするでしょう。 発見したのが妻で、ぐったりしているのが夫であれば、慌てて駆け寄り、「どうしたの? 大丈夫? しっかりしてよ」などと声を掛け、他に暮らす子供や親がいれば、「お父さんが大変なの。誰かすぐに来て」と家族の助けを求めるでしょう。 静かだった家の中は大変な騒ぎになり、妻以外 […]
  • 乱歩の随筆に登場する読みにくい苗字乱歩の随筆に登場する読みにくい苗字 なかなか読めない苗字というのがあります。読むことはできても、それが正しい読み方かどうかわからない苗字もあります。 たとえば、「角田」という苗字です。これは何と読むのがよいのでしょう。「つのだ」か「かくた」か。あるいはもっと別の読み方もあり、どれもが正解かもしれません。 私はこのところ、江戸川乱歩(1894~1965)の随筆を朗読し、自分の声を録音するのを楽しみと […]
  • 持ち味を殺さない顔は素敵持ち味を殺さない顔は素敵 私は新聞に載った一枚の写真を見て、思わずギョッとしました。ドギツイ化粧に見えたからです。しかし、バレエ鑑賞をよくされる方であれば、見慣れた化粧に見えるでしょう。そのようなメイクを「バレエメイク」といい、日本では長いことそのような化粧が作法のようになされてきたそうですから。 昨日の朝日新聞の文化面に「バレエメイク 作り込まぬ進化」と題された記事が載りました。記事の内容を […]
  • 掘り出し物もあれば頓珍漢も掘り出し物もあれば頓珍漢も 坂本九(1941~1985)が歌って大ヒットした名曲に『上を向いて歩こう』(1961)があります。本曲は、日本だけでなく、海外でもよく知られています。 米国の音楽業界誌『ビルボード』でシングルチャートを扱う"Billboard Hot […]