勘違いで出会った手塚治虫対談集

Amazonの電子書籍版で『手塚治虫対談集 1』を読みました。読むきっかけは、私の勘違いです。

私が使うAmazonの電子書籍端末のKindleは、広告付きです。その分、値段が安いからです。広告といっても、私が関心を持ちそうなKindle用書籍のお勧めですから、私にはかえって有り難い広告です。

しかし、ごくまれに、勘違いを生みます。今回、その、ごくまれなことが起きました。

先週、本を読もうとKindle端末のスイッチを入れると、「1カ月無料でKindle UnlimitedKindle Unlimitedが利用できます」と表示された、ように感じました。

Kindle Unlimitedというのは、該当するAmazonの電子書籍が、月額980円支払うことで読み放題になるサービスです。

私も以前に利用したことがあります。980円で本が読み放題になるのであれば、これほど有り難いサービスはありません。しかし、実際に利用してみると、該当する書籍が限られることがわかりました。

そのため、その後は本サービスを積極的に利用することはしていません。

それが、1カ月間無料で利用できるのであれば悪くないと考え、端末に表示された利用するのボタンを押した、つもりです。

しかしそのあと、私がAmazonで使うデビットカードから980円が支払われていることに気がつきました。未だに私の勘違いなのかわかりませんが、1カ月無料のつもりでKindle Unimitedの利用を始めたつもりが、有料の利用となってしまいました。

そうなったらそうなったで仕方ないと頭を切り替え、1カ月間、対象の書籍を読み、980円分のもとをとろう、と早速、対象の書籍選びをしました。

そんな1冊に選んだのが、今回紹介します漫画家、手塚治虫19281989)の対談をまとめた1冊です。読んでいるときはわかりませんでしたが、発表媒体も年代もバラバラの、手塚と著名人の対談をまとめた体裁となっています。

対談のラインナップは次のようになっています。

宇宙は笑う 小松左京1969年 『宝石』9月号
女は突然変異する 北杜夫1977年 『女性セブン』6月23日号
1978年9月25日発行『マンボウぱじゃま対談 男性かいぼう編』(集英社
のらくろとアトム 田河水泡1967年 『国際写真情報』8月号
宇宙意識の目覚め 横尾忠則1980年3月20日発行『宇宙 瞑想』(平河出版社
マンガは反逆のメッセージ ジュディ・オング1978年 『新評』11月号
いまコミックに何を求めるか 尾崎秀樹1976年 『新刊展望』6月号
鉄腕オサムの家庭教育 磯村尚徳1977年 『おかあさんの勉強室』8月号
アニメ映画と心中する 石ノ森章太郎 松本零士1980年9月1日発行『別冊アニメージュ リュウvol.7』

対談の一覧をご覧になり、どなたとの対談が面白うそうか見当がつきますか?

私は1日で読んでしまいましたが、一度読んだあと、これを本コーナーで紹介しようと思い、もう一度、要所要所をメモしながら確認しました。

意外に思われる(?)かもしれませんが、個人的には、ジュディ・オング氏(1950~)との対談が、最も有意義なものに感じました。

逆に、一番つまらなく感じたのは、小松左京19312011)との対談です。ここでは、つまらない冗談に終始し、手塚自身や漫画について、肝心な話が出てこなかった印象です。

小松左京といえば、以前、彼のおそらくは初期の頃の短編集を読みました。しかし、それが私にはついていけない内容で、早々に閉じ、そのまま読むのを放棄したことがあります。

手塚との対談でも、小松は露悪的なしゃべり方をし、手塚がそれに合わせた話し方をするだけで終わっています。

北杜夫1927~2011)は、手塚のトレードマークとなる黒いベレー帽をなぜ被るのか、と訊き、禿げ頭を隠すためかと冗談半分に茶化します。すると、手塚はユーモアで返します。

もともとは、先輩漫画家の横山隆一19092001)に倣って被り始めたそうです。北杜夫のいうような、禿げ頭を隠すのもが目的ではなかったものの、結果は同じになり、始終ベレー帽を被ることで、髪の毛は薄くなったそうです。

北杜夫とは、手塚の好みの女性のタイプについても明かしています。曰く、竹久夢二18841934)が描いたような、なよなよしたタイプは苦手で、月丘夢路1922~ 2017)や淡島千景1924~ 2012)のような、「鉄火肌」の女性が好きと話しています。

個人的には意外に感じました。しかし、上で挙げたお二人をネットで検索してきた写真を見ますと、手塚がよく描く女性像に近いものに感じました。

北杜夫は女性の話が苦手なようで、女性に関する話を逸らそうとするのに、手塚がその話を続けるくだりが、読んでいておかしいです。

手塚は今では漫画の神様といわれ、健康的なマンガを描いた漫画家のように誰にも信じられています。私も初期の手塚は知らず、アニメになった『鉄腕アトム』の原画を書いた人というイメージを持っていました。

しかしこれは、のちのメディアが作り上げた手塚像で、それを手塚は、大いに不満を持っているのです。

ジュディ・オング氏との対談で手塚は、『鉄腕アトム』は「さみしい漫画」と述べています。

田河水泡(たがわ・すいほう)18991989)といえば『のらくろ』で知られる漫画家です。

本日の豆発見
手塚は田河より29歳年下でしたが、亡くなった年は共に平成元年である1989年ですね。手塚は同年の2月9日、田河は12月12日に没しています。享年は、手塚が60で、田河が90です。もしも手塚が90歳まで生きれば、2019年に亡くなることになり、その間に、様々な作品で人々を楽しませてくれただろうと思います。

手塚が子供の頃に活躍した田河と対談するため、自分が子供の頃にノートを綴じて作った手製の漫画帖を持参し、それを田河に見てもらったりします。

田河は恵まれない少年時代を過ごしたそうです。母を早くに亡くし、父が別の女性と再婚した関係で、東京の深川で、伯父に育てられます。

ご本人がいう落語に出てくるような人々に囲まれて育ったため、自然と落語の世界に馴染みます。

当人は油絵を描く画家になりたかったそうですが、それで食べていけるとは思えず、まずは落語作家になります。

その後、田河が絵を描けることを知った講談社の編集長に、落語のような話に絵をつける漫画を連載しないかと誘われ、漫画家へとなっていきます。

それが語られる部分には書かれていませんが、そのときの編集長は加藤謙一氏(18961975)でしょう。

後年、大阪で漫画を描いていた手塚のもとに、ある雑誌から、誰それ先生のところへ行ってインタビューするよう頼まれ、初めて東京へ行きます。

その時に会ったのが『少年倶楽部』で編集長をする加藤謙一氏で、彼が開口一番、「私が田河の『のらくろ』を育てた」といったのを手塚は記憶しているそうですから。

子供向けの雑誌への連載が決まり、キャラクターは何がいいか、編集者と相談し、子供が好きそうな犬と、当時ですから、兵隊さんを掛け合わせたキャラクターにします。

本を買えず、借りて読んでくれるような子供にも受け入れてもらえるよう、野良犬を主人公にした『のらくろ』を描き、これが大人気となっていきます。

絵の上手さを手塚に褒められた田河は、自分の絵は稚拙だといってそれを否定します。手塚と対談した頃、田河が以前描いた『のらくろ』をまとめた全集が発売になっているようです。

私が幼かった頃、新聞紙を半分に折ったぐらいの大きさの『のらくろ全集』が家にあったような記憶があります。親が私に買ってくれたものでしょう。

田河は、その全集の話があったときも、自分の描いた絵が恥ずかしいので、描き直したいほどだった、と話しています。

田河水泡のペンネームについての話も面白く読みました。

田河の苗字は「高見澤」です。それをもじり、「田河水泡」としたのです。まだ意味がわかりませんか? 「田河水泡」を「た・かわ・みず・あわ」と読ませようというわけです。

しかし、誰も田河が望むようには読んでくれず、「たがわすいほう」になってしまったというわけらしいです。

横尾忠則1936~)との対談では、人の死についての話が出てきます。

手塚は、今の人類の死に方は、自然の摂理から遠いものになっている、というような話し方をします。手塚の好きな虫は、人間のように、大騒ぎして死んでかない、というわけです。

虫が死ぬときは、「コトン」と当たり前に死ぬ、といいます。

それが、もしもそれがドラマであれば、人間は生きるか死ぬかが大s騒動となり、死んだあとも、死にきれないといって、幽霊になって出てくるものまである、と話します。

人類がまだ原始人だった頃は、他の生き物と同じように、人間もしぬときは、静かに「コトン」と死ぬだけだっただろう、といいます。

新コロ騒動茶番で大騒ぎになっている今、手塚が存命中であったら、どのように感じたでしょう。

もしかしたら、「大騒ぎしすぎだよ。人類だけ特別なものと勘違いしている。いいですか? 人間だって、虫と同じ。いつかは必ず死ぬものなの。死ぬ時ぐらい、新コロのようにコロっと死ぬのを許してやったらどうですか」といった(?)かもしれません。

手塚のライフワークとなった『火の鳥』のシリーズについても本心を明かしています。

私は漫画を読む習慣がないため、同シリーズも読んだことがありません。今度読んでみようと思いますが、その『乱世編』には火の鳥が登場しないのですか?

【火の鳥乱世編】なぜ乱世編には火の鳥が出てこないのか?平家物語はまさに火の鳥だった!手塚治虫版「新平家物語」!

手塚は、漫画というものは批判的な映像なのであり、肯定的な表現になってしまったらダメだといいます。

それなのに、『火の鳥』シリーズが進むうちに、火の鳥が物事の真理を知っているかのような存在になってしまい、それを読む読者に、火の鳥が真理を授けるようになってしまい、手塚自身も火の鳥をどのように描くべきか、わからなくなった、というような話し方をしています。

ジュディ・オング氏との対談を文字で読んでいますと、それが文字であっても、オング氏の軟らかい言葉遣いが感じられ、読んでいて良い気分になります。

そんなオング氏の実像を前にしたからか、手塚は、話すべきことがスラスラと飛び出し、漫画やアニメの本髄について語る結果となっています。

手塚の代表的キャラクターのアトムですが、はじめは、色気がたっぷりある美人のアンドロイドとして描くつもりだったそうです。

ところが、アトムが連載されたのは少年雑誌で、「鉄腕」なんてものがつけられ、七つの威力と十万馬力を持つ、手塚のいう「暴れん坊」になってしまった、と不満らしく語っています。

手塚は、漫画の目的についても語っています。

それは「風刺」です。

風刺とは、物事を批判し、それを笑い飛ばすことです。それだから、反逆精神が漫画家には求められ、決して、ヒューマニストになんかなってはいかんのです、と手塚節が炸裂します。

アトムにしたって、当時、米国で指摘されたように、大変残酷な漫画だといいます。

ところが、アトムが日本初のテレビアニメになると、正義の味方になってしまい、時代の寵児に祭り上げられてしまいます。

『ジャングル大帝』にしても、レオはほかのライオンと違い、白いライオンとして生まれてきます。人間でいえば、肌の白い黒人、アルビノであり、差別の対象です。

Sina (Soumbouya)

また、レオは人間に育てられたため、生きるか死ぬかの大自然の中では生きていけない「失格猛獣」です。

それなのに、こちらもテレビアニメで人気になった『ジャングル大帝』のレオは、正義の味方に祭り上げられ、ヒューマニズムの象徴にされてしまいます。

それは時代の要請で、スタッフが視聴者に媚びる現実を手塚も認めざるを得なくなり、内心では、さぞやイライラ、カッカとされたことでしょう。

自分が描きたい世界はそんなものではない! と。

アトムにしても、「もっとつらい話にしたかった」と手塚は話しています。

一時代を築いた漫画家も、年齢には勝てません。年齢を重ねることで、漫画家が得るのは老練や円熟といった技術的なものです。しかし、技術だけでは読者を喜ばせることができない、といいます。

しかし、そんな漫画家でも、ときに、自分でも驚くような漫画が描けるというのです。それがどんな時かといえば、本人が乗りに乗って描いたときです。

そうなると、完全にスイッチが入った状態になり、食事を摂るのも忘れ、夜遅くまで描き続けたりできるそうです。

そのように描かれた原稿をあとで見ると、自分でも出来の良さを感じることができるという話です。漫画家冥利に尽きる瞬間といえましょうか。

手塚は、子供には見せられないような作品は、自分の楽しみとして描いている、と話しています。

それは世の中におもねった作品ではなく、それだから、広く知られる作品とはなっていません。私が今年になって読んだ『奇子(あやこ)』もそんな部類の作品のひとつになりましょう。

その方面の手塚作品を追うことで、彼が実は見せたかった、彼の内面を深く知ることになるかもしれません。

しんがりに登場する石ノ森章太郎19381998)と松本零士(1938~)との対談は、昔から知りぬいた漫画家仲間であり、仕事のライバルでもあるため、彼らの間でしか通用しないような、内輪話が次々飛び出してきます。

手塚はいたずらが好きだった(?)のか、東京へ出てきたばかりの松本に、メニューにはない「チョコレートうどん」を食べさせたり(居合わせたスタッフが、メニューを細工したそうです。田舎から出てきたばかりの松本は、そうとは知らずに注文したようです)、生ウニ責めにした「生ウニ禍福事件」なる出来事もあったそうです。

手 塚  きょうは、食べものの話がつづくね。

松本  生ウニをですね。十数個食べさせられたんです(笑)。

石ノ森  そのときは十代じゃない? 効いた?

松本  効いた、効いた(笑)。鼻血はドバーッ、その晩は眠られず、その次の晩もその次も、興奮して眠れなかった。

手 塚  そりゃちょっと大げさだなあ。

松本  なにせ十代ですから(笑)。効きましたよ。

手塚治虫. 手塚治虫対談集 1 (Kindle の位置No.2319-2324). 講談社. Kindle 版.

Kindle Unlimitedが有効の8月末まで、別の一面の手塚作品に接することにしましょうか。「幸運を呼ぶ私の勘違い」ということにして_。

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