あなたは「オムの樹」を知っていますか? 知らなくて当然です。そんな樹は存在しないからです。私はてっきり本当にある樹かと勘違いし、ネットで検索しました。
この樹は、阿刀田高氏(1935~)のショートショート作品『あやかしの樹』の中にだけ存在します。
Amazonの電子書籍は今月22日までの期間、該当する書籍の定価30%分のポイントが還元されるキャンペーンを展開しています。私はそのことに先週気がつき、電子書籍をまとめ買いしました。
誰のどの作品が該当するのか調べるのを面倒に感じ、とりあえずといった感じで、村上春樹(1949~)の作品を調べると、講談社から出ている彼の作品の多くがそれに該当することがわかりました。
そこで、まだ読んでいなかった作品を中心に、彼の作品を12冊購入しました。
今回まとめ買いしたのは、キヤノンの一眼カメラ、EOS RPをキャッシュバックキャンペーン中に購入したことで、15000円分のキャッシュバックを受けていたからです。
このキャッシュバックは現金ではなく、15000円がチャージされたクレジットカードによって行われました。現金であれば、銀行口座を指定する必要があるなど、双方に面倒だからかもしれません。
このクレジットカードは使いきりで、チャージすることはできないようになっています。私が受け取ったカードの有効期限は2023年6月です。
どのように使うか考えていましたが、Amazonの電子書籍が30%のポイントを付与するキャンペーンをしていることを知り、これで使うことを決め、早速、1万円以上消費しました。
村上の作品のほか、松本清張(1909~1992)の短編集と日本の推理作品についてと、自作の創作について書いた随筆集の2冊も購入しています。
他にも該当する作家の作品がないかと考え、以前読んだことがある阿刀田高の作品を捜したところ、今回取り上げることになる作品を含むショートショートの作品集『冷蔵庫より愛をこめて』(1978)が見つかり、これも購入しました。
最初の1冊目だけは、Amazonで私がいつも使うデビットカードで支払いましたが、2冊目からはキヤノンからキャッシュバックで得た使い切りクレジットカードで決済しています。
都合15冊の購入で、ポイントが3834ポイント(1ポイント1円)溜まりました。15000円決済すれば、30%で4500ポイントになる計算で、キャッシュバックが3割増しになる感覚です。
一度に15冊の本を手に入れ、どれから読み始めようかと考えました。村上作品は、年代順に読もうと思い、1作目の長編作品となる『風の歌を聴け』(1979)に決めました。
それと同時に、このところ続けて読んでいます岡本綺堂(1872~1939)の『半七捕物帳』シリーズを読む習慣も続けています。
ほかに、松本清張の随筆集『黒い手帖』も並行して読み、おまけに、阿刀田のショートショート集『冷蔵庫より愛をこめて』も読んでおり、4冊を並行して読む形です。
阿刀田の『あやかしの樹』に登場する「オムの樹」の話にやっと戻れます。
本作の書き出しが面白いです。次のように始まるからです。
女房が死んだ。
オムの樹の種も近く手に入ることになった。
ものごとがうまく運ぶときには、よろずトントン拍子にいくものだ。
阿刀田高. 冷蔵庫より愛をこめて (講談社文庫) (Kindle の位置No.781-782). 講談社. Kindle 版.
主人公の「私」(30)の妻が病死(享年32)しますが、その死が「私」に「トントン拍子」の幸運をもたらしているらしいことがわかり、冒頭から面食らった気分です。
村上の主人公がガールフレンドを死で失ったら、主人公の喪失を描いたりするところでしょう。
「私」が妻の死をむしろ喜んでいる理由は、すぐあとの記述でわかります。「私」は、妻の春枝との結婚生活に「吐き気を催すほど」嫌悪感を抱いていたのです。
「私」が通った大学の2年先輩にMという男がいます。「私」とMは、二人とも唯一といえる友人関係にあります。二人を結び付けたのは、極度の人間嫌いであることと、それを埋め合わせるような蝶の収集を趣味とすることです。
Mは親が残した遺産で暮らし、大学を出ても仕事にはつかず、独身貴族の暮らしをしています。
「私」は卒業後に就職し、サラリーマンになりました。「私」はMと同程度の人間嫌いであるのに、相手の女性の財産目当てもあり、2歳年上の春枝と見合い結婚をしてしまいます。
「私」が結婚することを知ったMはポカンとした顔をします。Mは「私」に結婚する気になった理由を聴き、最後にこんな意味深な発言をします。
「とにかく生きた人間は扱いにくいよ」
阿刀田高. 冷蔵庫より愛をこめて (講談社文庫) (Kindle の位置No.1041). 講談社. Kindle 版.
Mの忠告どおり、「私」は結婚式をあげた当日から、自分は他人との共同生活にはまったく向いていないことを確信し、激しい不安に苛まれます。
以来、その思いは日を追って強まり、春枝がそばにいるだけで憎らしくなります。姿も立ち振る舞いもすべて憎いのですから、救いようがありません。
その春枝が、結婚から2年もしないうちに不治の病にかかり、財産だけ残して死んでくれたのですから、「私」は不快な日常から解放されます。
おまけに、Mから極秘に聴かされていた「オムの樹」の種を高価な金で分けてもらえる話になったのですから、「私」が「トントン拍子」と思うのも無理がありません。
「オムの樹」は5年から10年に一度程度しか花が咲かず、種を得ることもできません。その種は昔から、樹の持ち主が見込んだ人間にしか決して譲らない約束となっています。
種を譲られた人間は、種を誰から得たのかは絶対に口外しないことを条件に、押し頂くように種を譲り受けます。
「オムの樹」は、他人の目に触れないところでひっそりと育てなければなりません。手をかければ、樹はそれに確実に応え、50年程度は生き続けます。
「私」の家には、先の大戦中に作ったという地下室があります。外からそれに気づく人はおらず、死んだ妻さえも存在を知りませんでした。
その地下室で、「私」は蝶の収集に替わる一生の趣味として、あるいは生きがいとして、Mから授かった種から「オムの樹を」育て、共に生きていこうというわけです。
こんな風に書きますと、「オムの樹」とはどんなものか、気になるでしょう。どうしても気になる人は、本作に接し、ご自分で確認してみてください。
暑くて寝苦しい夜にはお勧めです。