予期せぬ英国の至宝との出会い

見るつもりもなくある映画を見ました。『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』です。

この作品はご存知ですか? 私は知りませんでした。日本で公開されたのは2015年ですから、6年前になります。作品の撮影が行われたのは10年ほど前の2011年から2012年頃にかけてと思われます。

この作品に接したのはAmazonです。時間が空いたのでAmazonのPrime Videoのコーナーを訪れ、偶然出会った形です。

私はAmazonの有料会員であるため、追加料金なしで見ることができました。

この作品のことは知りませんでしたが、英国のロンドンにあるナショナル・ギャラリーのことはよく知っています。世界的に有名な美術館ですが、所蔵作品数は多くなく、2,300点以上と聞きます。

昨年、東京・上野にある国立西洋美術館『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』が催されました。

例の、人騒がせで、健康面ではほとんど実害のない新コロ騒動が始まったことで、会期の始まりが遅れ、入場するのにも事前の予約が必要になりました。私は、レンブラント16061669)が34歳の年に描いた『自画像』が見たくて、展覧会へ行くつもりでした。しかし、新コロ騒動に邪魔されて、見送ってしまいました。

映画の『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』はドキュメンタリー作品で、上映時間は3時間1分と長大です。同じようなドキュメンタリー作品を、たとえばNHKが制作したなら、視聴者にわかりやすいように、章のようなものに分け、全編にナレーションを付け加えたでしょう。

本作にはナレーションが一切ついていません。また、章のようなものはなく、見る人が、見ながら考えるように作られています。日本語の字幕がついています。

私が興味深く見たのは、レンブラントの作品を修復した修復師のラリー氏が、その作品について解説する場面です。

修復師のラリー氏の顔には見覚えがあります。ネット動画共有サイトのYouTubeで、私はナショナル・ギャラリーのチャンネルを登録しています。

『ナショナル・ギャラリー英国の至宝』予告編

そのチャンネルで見つけ、私が気に入った動画を紹介する「YouTube」のコーナーで3月26日に紹介した動画に映っている修復師がLarry Keithです。

Retouching Rubens’s Het Steen | Behind the scenes in Conservation | National Gallery

ラリー師が修復を手掛けたレンブラントの作品について、美術館で働く専門家(?)を前に解説する場面が、私のお気に入りです。

そこで取り上げられるレンブラントの作品は、”Portrait of Frederik Rihel on Horseback”(カンヴァス|294.5×241センチ)で、Frederik Rihelという人物が愛馬にまたがり、馬が両前脚を上げた瞬間を描いています。

私が持っている画集であり、技法についても書かれた”ART IN THE MAKING REMBRANDT”(輸入書 1990年6月27日購入)にもその作品が載っています。

“ART IN THE MAKING REMBRANDT”(表紙)

制作年を1663年としたあとに「?」をつけています。レンブラントは1669年に63歳で亡くなりますので、その6年前、57歳頃の作品になりましょうか。

例によって、背景は暗く沈み、馬にまたがる人物が浮かび上がって見えます。

ラリー師が修復の過程で、作品の構造を調べるためにx線を照射すると、下の層に別の絵が描かれたのがわかった、とx線によって浮かび上がった画像の写真を示しながら語ります。

下から浮かび上がった作品は、今残る作品を横向きにして描かれています。上の層に別の絵を描いた理由はわからないようですが、描かれているのは同じ人物ではないか、と述べています。

一度見たきりで、記憶だけで書いてますので、あるいは細かいニュアンスは違うかもしれません。

ラリー氏やほかの修復師が修復する様子も撮影されています。細かい作業で、長期間に渡ることが想像できます。

興味深いのは、のちの時代に、その時代の修復師が独自の解釈で修復できるよう、あとで溶かすことができる薄いワニスを塗り、それが乾いた上に修復作業をすることです。

何時間も何カ月もかけて行った修復部分は、ワニスごと剥がすことができることになり、その作業を行えば、15分程度で消えてなくなってしまうといいます。

それを承知した上で、ラリー氏ら修復師たちは、細心の注意を払い、長期間かけて修復作業を行うのです。

強烈な明暗表現をして、のちの画家に大きな影響を与えたイタリア・バロック絵画の代表的な画家、カラヴァッジオ1571~ 1610)の作品について語られる場面もあります。

カラヴァッジオは、暗褐色の下色をつけたカンヴァスに、ほとんど下書きもせずに描いていったといわれています。

面白いのは、暗部に、下色の暗褐色を活かしていることです。作品に近づいて見れば、カンヴァスの折り目が見える(?)かもしれません。

Caravaggio: His life and style in three paintings | National Gallery

ルーベンス1577~ 1640)の作品について解説した場面も興味深いものでした。

先輩格の学芸員でしょうか。若いスタッフらしき女性二人に、ルーベンスの作品を前にして、自分の知識を授けます。

そのルーベンスの作品は、その持ち主であった市長の邸宅の暖炉の上の壁に掛けられていたものだと話します。暖炉は大きなもので、大人が立っている位置より高いところから壁になり、そこに掛かっていたということです。

ということは、それを見る人は、上を見上げる形です。その鑑賞条件をもとにして絵が制作されているのです。

また、向かって左側には窓があり、作品の右端の方は暗く陰になるだろうと説明します。

その作品は今、ナショナル・ギャラリーの壁の見やすい高さに掛けられています。光も均一にあたっています。そのことにより、本来は陰に沈むはずの右側も明るく照らされてしまい、画家が狙った意図は減じられてしまっているというわけです。

描かれたロウソクの炎は、左側の窓から入ってくる風を想定し、右側になびいた様子に描いていますが、その意味を知る人は、絵の持ち主だった市長や家族、関係者だけでしょう。

(日本語に翻訳された字幕を表示できます)

同じようなことは、以前、日本画の展覧会を見たときにも知らされ、そうなのかと考えました。

展示されていたのは伊藤若冲17161800)か誰かが描いた屏風絵です。当時のことですから、今のように室内照明はなく、日中であれば、窓から射す自然光が唯一の光源です。

現在よりずっと暗い環境で見てこそ生きる作品に、画家は仕上げています。それを、美術館の明るい環境で見てしまったのでは、本来持つ魅力を半減させてしまうのではないか、ということです。

日本家屋の照明も、ロウソクからランプ、電灯、蛍光灯、LEDと移り変わってきました。それにつれ、古典絵画の鑑賞環境は好ましくない方向へ向かっているといわざるを得ない(?)かもしれません。

今回紹介した『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』は3時間1分と長編ですが、また、時間を見つけて見ることにしましょうか。

なお、作品のラストは、レンブラントが残した自画像と肖像画の顔の部分だけをいくつか映し出して終わります。

Rembrandt, Self-Portrait

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