乱歩の短編作品を読む

江戸川乱歩の短編小説『日記帳』を読みました。乱歩のことは知っていても、この短編を読んだ人はあまり多くない(?)かもしれません。私は初めて読んだような気がします。

乱歩については、Amazonの電子書籍版で、筆まめな乱歩が書き残した随筆や評論などをまとめた第5集からなる全集を手に入れ、読み始めています。しかし、その分量が半端でなく、休み休み読んでいこうと考えています。

随筆を読むうちに作品そのものを読みたくなりました。

昨年3月に購入しながら、読んでいなかった乱歩の全集を電子書籍に入れてありますので、気になった作品を拾い読みし始めました。

作品を順に読もうと思いましたが、冒頭の『怪人二十面相』を読むと、平仮名が多く、子供向けに書かれています。そこで、それらは後回しし、『自作解説』をまず読みました。

その後、乱歩の処女作である『二銭銅貨』を読み、続けて『押絵と旅する男』を読みました。いずれも短い作品ですので、すぐに読み終えることができます。

本全集では、『押絵_』の次に『日記帳』が掲載されています。

それにしても、乱歩作品につけられた題は、直接的なものが多いです。本作の『日記帳』がそうですし、『怪人二十面相』もそうです。

ちなみに、乱歩は『アルセーヌ・ルパン』シリーズに影響を受け、日本版の賊を創作し、『怪盗二十面相』として発表するつもりでした。ところが、当時の日本は創作分野でも締め付けが強く、”盗”の文字を使うことがままならず、語感には疑問を持ちながら、”怪人”に落ち着いた、というような裏話を乱歩が書き残しています。

ほかにも、『二銭銅貨』も直接的な題ですし、『人間椅子』もそのものが題名となっています。

この『人間椅子』も久しぶりに読みました。昔に読んだきりでしたのでどんな話の筋だったか忘れていました。ある貴婦人に送り届けられた手紙の形式で、手紙の差出人が、自分で「気違い」と書かざるを得ないような行為を告白しています。

本日の豆ノート
当時は一般的に用いられたのか、それとも乱歩独特なのかわかりませんが、今は見かけない漢字表現が登場します。
その一例が「仮令」です。何と読むかわかりますか?
私も振り仮名がなければ読めません。乱歩は「たとい」と振り仮名を振っています。

ともあれ、『日記帳』という短編は、大正14(1925)年に『写真報知』という雑誌で発表されています。

この年は、乱歩にとって人生の転換点といえましょう。私の記憶では、この年に乱歩は活動の拠点を関西から東京へ移しています。また、作家稼業に本腰を入れ始めたのがこの年で、次のような作品を次々に発表しています。

D坂の殺人事件『新青年』1月
心理試験『新青年』2月
黒手組『新青年』3月
屋根裏の散歩者『新青年』8月
人間椅子『苦楽』1925年10月

ここにあるうち、『D坂の殺人事件』と『心理試験』『黒手組』はすでに読みました。『屋根裏の散歩者』は、この投稿を終えたら読むつもりです。

D坂というのは、乱歩が本格的に東京での活動を始める前、東京にある団子坂で古本屋を営んだ経験があり、その古本屋を事件の舞台にしています。

なお本作には、名探偵の明智小五郎が初めて登場することでも知られます。ついでながら、明智とは友人関係の主人公は推理を働かせ、明智が犯人ではないかと疑い、それを迫る場面があります。

のちに読み継がれることになる大正14年に発表した作品のひとつが『日記帳』です。

話の筋はシンプルで、暗号の解読が趣向のポイントとなっています。その暗号が隠されていることに途中で気がつかされるのが、主人公の弟が残した日記帳という設定です。

弟は二十歳の若さで病死してしまいます。家族は悲嘆に暮れ、ひとり兄弟の弟を亡くした兄である私の視点で作品は綴られます。

弟は内気で、はにかみ屋。友達も少なく、自分の書斎にこもることが多く、恋を知らずにこの世を去った、と兄は弟を不憫がります。

初七日の夜、兄は弟の書斎へ入り、残された日記帳を繰り始めます。日記帳は、弟の性質をそのまま表し、細かい字がびっしりと書き込まれています。

世の中の不条理に対する思いなどが綴られている中、亡くなる年の3月9日付けに、突如のように「北川雪枝」という女性名が登場し、兄が知らなかった弟の一面に驚きます。

この女性は、兄弟の遠縁にあたり、若く美しい娘でした。

ただ、彼女に対する熱い想いを弟は書いておらず、その女性宛に葉書を出したことだけが無機質に記されているだけでした。その数日後、その女性からの返信があったことも記録に残しています。

こんなやり取りが、5月17日まで続き、そこでぷつりと途絶えます。

10月半ばには筆も取れないほど病状が進み、この世を去っていきました。

弟が雪枝に宛てた葉書は全部で8枚です。

兄は、弟のことだから、雪枝からの返信を大切に保管しているに違いないと考えます。机の上に置かれた小さな小箱の一番底に、白い紙に大切に包まれた雪枝から絵葉書は保存されていたのでした。

雪枝の葉書にも、恋心を感じさせる文面はありません。

全部で11枚ですが、弟の日記には、なぜか10枚目までしか記録を残していません。

これらのことから、兄がどのような暗号を読み解き、最後の最後にどんなどんでん返しを作者の乱歩が用意しているかは、本作を読んで確認してください。

本日の豆謎
今回取り上げています乱歩全集には、なぜか、『日記帳』が二度掲載されています。完全に読み比べてはいませんが、おそらくはまったく同じ作品であろうと思います。手違いでしょうか。

関東もここへ来て気温が下がり、秋めいてきました。この陽気が続けば、読書の秋にもちょうど良いでしょう。

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