Amazonの電子書籍版で、横溝正史の随筆を集めた『探偵小説五十年』を読みました。
これまでに、横溝が人生の時々に書き残した随筆を読んでいますので、横溝がどんな人生を歩んだかはだいたい頭に入っています。
生まれたのは、神戸の発展する前の新開地です。両親は岡山の出身で、父方の家があった岡山の柳井原(現在の倉敷市内)は、川の近くに家があり、川が氾濫するなどして、水害に見舞われたこともあったようです。
その後、人造湖が造られ、横溝家の家も湖に水没することになり、横溝の父の代に、神戸へ移り住むようになったようです。
横溝は幼い頃に生母を失い、実父と継母によって育てられています。
神戸で何度か住む家を替わったのだったか、頼りにする記憶があやふやですので、断定はできませんが、まだできたばかりで何もない新開地では、ただひとつ建つ7軒長屋の1軒に横溝の家族が暮らし、そこで横溝が生まれた、と記憶しています。
横溝というとずいぶん昔の作家のように考えていましたが、生まれたのは1902年です。松本清張は1909年の生まれですので、清張より7歳しか年上でなかったことになります。
ちなみに、横溝が亡くなったのが1981年で81歳のときで、清張は、1992年に82歳で亡くなっています。こんな風に並べてみますと、横溝と清張は、7年ずれてほぼ同じ年月を生きたことがわかります。
今回取り上げた横溝の随筆集『探偵生活五十年』は、交流のあった中島河太郎が、横溝の古稀祝いとして、1972年9月15日に出版しています。
出版の話を横溝に伝え、担当した編集担当者が、6000部刷るつもりだと話したところ、横溝は大変驚き、自分の随筆を読む人がそんなにいるとは思えない、と盛んに躊躇した話も紹介しています。
この随筆集が出版される頃は、角川書店の張り切り若社長・角川春樹氏による横溝の大々的な販売戦略は始まっていたでしょうか。横溝の長編作品『犬神家の一族』を角川春樹事務所が制作し、記録的なヒットとなったのが1975年ですから、ブームの兆しがあったことは間違いなさそうです。
それもあって、過去に横溝が書き残した随筆にスポットライトが当たったのかもしれません。
本随筆集は、1977年7月11日に復刻版が出ています。
横溝は、実家近くに住んでいた友達の兄の影響を早くから受け(友達とも仲良しでしたが、残念なことに彼は若死にしています)、探偵小説に興味を持ち、当時の雑誌『新青年』へ、自作を投稿するなどしていたものの、その後、自分がプロの作家になることは夢にも考えていなかったようです。
それが、人と出会うことを繰り返し、日本で探偵小説の礎を築いた江戸川乱歩に引き立てられて上京し、そのまま東京に暮らし、作家への道を歩むことになります。
そのあたりのいきさつを、横溝は乱歩に「そそのかされた」と随筆に書いていますが、この言葉の裏には、乱歩への感謝も含んでいるでしょう。
『新青年』も出版する出版社の博文館への就職も乱歩が世話してくれたもので、そのあと、『新青年』の編集長も数年しています。
あとで自分の人生を振り返った横溝は、出版社で働いた時代が、もっとも社交的な生活を送っていた、と書いています。
その出版社を辞めた翌年ぐらいだったと思いますが、病を患います。結核です。その治療のため、妻と子供二人を伴い、長野県の上諏訪へ転地療養します。
上諏訪で暮らしていた時代、東京の乱歩からはたびたび手紙が届きます。その当時はまだ電話が普及していなかったのか、手紙がもっぱら庶民の連絡手段であったのでしょう。
横溝は物持ちがよく、乱歩らからもらった手紙を保存していたため、今回の随筆集でも紹介できたことになります。今のように、文字に書き残さずに連絡を取り合っていたら、それらは将来に残せなくなります。
1965年11月、『推理小説研究』という雑誌か冊子(?)に、『乱歩書簡集』としてまとめて発表したもので、本作にあります。
乱歩は、横溝の長男に、東京・銀座の模型店で買った電気機関車のおもちゃセットを贈り、手紙を添えています。その手紙を読むと、レールの上をおもちゃの機関車が走るようにできており、変圧器でスピードを変えられるなど、かなり高級なおもちゃであることが想像できます。
横溝が受け取った乱歩からの機関車が、どうやらうまく動かなかったようで、それを乱歩に手紙で知らせると、それに対する息子宛の手紙がすぐに届き、次のように書いたりしています。
おぢさんはこどものてがみがすきですから なんどもなんど も よみました。きくわんしや いごかなくて いけませんでしたね。お父さんのおてがみをみて すぐに いとうやのばんとうに でんわをかけてしかつてやりましたら、アツ わすれました、すみません といひました。おばかばんとうですね。そして わすれたものをすぐ きみのおうちへ おおくりしますといいました。それはこのてがみよりもまへに 亮ちやんのところへ ついたこととおもひます。
横溝正史. 探偵小説五十年 (Kindle の位置No.2000-2004). 講談社. Kindle 版.
手紙で乱歩が「亮ちゃん」と書いているのは、横溝の長男の亮一のことです。亮一氏は、後年、新聞社へ入社し、そのあと、音楽評論家になったと聞きます。
本随筆集には、横溝が乱歩に替わって作品を代筆したことを書き残す『代作ざんげ』の項目もあります。その中で、乱歩の有名な作品の誕生秘話のような話がありますので、それは、次回以降の本コーナーで取り上げようと考えています。
乱歩の作品は割と読んでいますが、筆まめだった乱歩の随筆集が読みたくなりました。タイミングよく、乱歩の随筆やエッセイ、評論に、推理小説の研究者でもある小松史生子氏の解説を加えた本5巻の電子書籍版が、50%のポイント還元付きで手に入るキャンペーンが今月27日まで行われています。
5巻が7700円のところ、3850円分がポイントで戻ってくる計算です。私は1733円分のポイントを持っていることもあり、実質、2117円で購入できることになります。そんなこんなで、このチャンスを逃さず、手に入れることを考え始めました。