2006/08/25 オシムからのメッセージ

本日は、新生サッカー日本代表を任されたイビチャ・オシム監督について書いてみることにします。

これを書く気になったのは、昨夜、NHK総合で放送になった「クローズアップ現代 ~オシムからのメッセージ~」を見たからです。

これは本コーナーでも事あるたびに白状していますが、私はまったくといっていいほど、サッカーには関心がありません(^_^; それでも、オシム監督の名前ぐらいは知っています。そして、同監督の発する言葉には関心を持っていました。

日本代表の監督になったあと、オシム監督は日本の報道陣に囲まれた記者会見で、「日本の報道姿勢は40年何も変わっていない」云々の発言をしたことを新聞記事で知りました。その発言がどのような背景から発せられたのかは知りませんが、今まで、代表監督がその種の発言をしたことをあまり聞かなかった印象があり、私には新鮮に感じられました。そして、好ましくも思えました。

この発言からも感じ取れるように、オシム監督の発する言葉には、まるで哲学者ででもあるような、奥深さが備わっているように私には思えて仕方がありません。

昨夜の番組内でも、“オシム語録”が数多く散りばめられていました。そこで、PC録画した番組を見返しながら、監督のメッセージを書き留め、ひとつひとつ見ていこうと思います。

一流の選手というものは、「足が痛い」とはいえないものです。「頭が痛い」というのです。

これは、プロのサッカー選手たるもの、走れるのは当たり前で、その上で、「頭を使って走れ」といっているのだと私は受け取りました。オシム監督が口すっぱくなるほど選手にいうことのひとつが、「(選手自身に)考えさせる」ことの大切さです。

選手の代わりに私がプレイを考えたら、機械にサッカーをさせるのと同じです。

オシム監督は、「考える」ことを、人生そのものにも(というよりも、実人生により多く?)求めます。

サッカーにしろ人生にしろ、困難な中で何かしらを成し遂げるには、アイデアが欠かせません。解決する手段は、自分で考えるしかないのです。

また、オシム監督は、こんな謎めいたこともいいます。

勝利して得ることよりも、敗北のほうが大きなものを得ることがある。

それがどんな競技の監督であれ、勝つことが求められます。そうであるのに、注目度が高いサッカー日本代表の監督が、「敗北によって得ることがある」というのには勇気がいるでしょう。そうした考えに至ったまでの背景には、オシム氏が歩んできた経歴がありました。

オシム氏は、1986年、故国の旧ユーゴスラビアの代表監督になりました。

このユーゴスラビアという連邦国家は、「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」によって成り立つ複雑な多民族国家でありました。私はそうした事情についてはまったく疎く、「へぇー、そうだったんだぁ、、、」と今の今になって気づいている始末です(´Д`;)

オシム氏は、かように複雑な成り立ちをしている連邦国家の監督を務めることになったわけで、その大変さは想像に難くありません。さらには、オシム氏が監督となったその時期、同国内には民族主義が吹き荒れる事態となり、余計に代表監督の舵取りを難しいものにしていました。

そんな悪環境下、台頭する民族主義に敢然と立ち向かった彼は、民族の違いに囚われることなく、出すべき選手を試合に起用し続けました。しかし、それがおそらくは民族主義的メディアを刺激することにつながり、同監督は、痛烈な非難の矢面(やおもて:質問・非難などの集中する立場=広辞苑)に立たされていくことになります。

それでもオシム氏は、怯むことなく、自分の考えでチームを作り育て、ベルリンの壁が崩壊した翌年にあたる1990年、イタリアで開催されたサッカー・ワールドカップ(1990 FIFAワールドカップ)への出場を実現させ、大会では見事、ベスト8にまで導くことに貢献しました。

しかし、その大会の翌年である1991年、ソビエト連邦の崩壊に端を発し、東欧のユーゴスラビアも、解体へと向かう内戦(ユーゴスラビア紛争)へと突入していったのでした。

果たして、民族の壁を取り払ったチーム作りを実践してきたオシム監督の理想型は崩れ、1992年5月、代表監督の座を自ら降りました。こうした苦い人生経験が、「敗北」云々の言葉へとつながります。

オシム現日本代表監督は、同じことをこんな風にも語っています。

人は敗北することで、原点に立ち返るのです。そして、「人生は山あり谷あり」と知るのです。失敗から目をそらして生きていくことはできません。すべての人に、勝利が約束されているのではありませんから。

何か、グッときませんか? 私はきました、、、(´Д⊂ いい言葉を拝聴したと思います。

そして思うんですね。先のサッカー・ワールドカップ・ドイツ大会(2006 FIFAワールドカップ)を巡る国内マスメディアの絶望的なまでの底の浅さを。

日本国内でテレビ観戦するファンが見やすいようにと、大金をつぎ込んで試合開始時刻を急遽“日本仕様”に変更させて放映権料をつり上げたり、始まる前から「日本代表、決勝トーナメント進出間違いなし!」のアドバルーンを高々と上げ、盛り上げに盛り上げまくることに終始した国内マスメディアの行為などなど。彼らがやっていることは、先の大戦中の戦意高揚記事と何ら大差ありません。

結局のところ、彼らにあるのはブームにあやかっての貪欲なまでの算盤勘定だけです。ですから彼らにオシム監督に通じるような、崇高な哲学は、爪の先ほども望むべくもありません。

冒頭でも書きましたように、私はサッカーへの関心が極めて希薄です。そんな“サッカー音痴”の私ではありますが、それでも今度ばかりは、オシム体制で臨む4年後の日本代表には、これまでになく期待をしたいと思っているところです、精神的な意味で。

その際、それを取り巻く日本のマスメディアが、今まで通りのドンチャン騒ぎでオシム氏の精神をめちゃくちゃにするようなことだけ、やめてもらいます!

これからの4年間は、新生日本代表監督オシム氏から多くのことを真摯に学ぶ、有意義な期間にしませんか?

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