新型コロナウイルス(COVID-19)騒動により、自粛要請が出ています。先月8日、政府は緊急事態宣言を出し、大型連休中の今月6日まで、全国で自粛要請が強まりました。
欧米に比べると感染する人や重傷者の数は桁違いに少ないですが、ここで気を抜くことで感染する人の数が急増するかもしれないとして、今月末まで緊急事態宣言の効力を伸ばすことを決め、今夕に安倍晋三首相が記者会見で説明するとしています。
ま、説明といっても、今回も首相秘書官をする佐伯耕三氏にでも原稿を書かせ、それをプロンプターに映し、首を左右に振りながら音読するだけで終わりそうですが。
せっかくの連休が台無しとなり、家で過ごす人が多くなりました。時間を持て余す人は、めいめいで時間の過ごし方を工夫し、読書や映像作品の鑑賞に時間を費やす人もいるでしょう。
そんな人に向けてか、ここへ来て、松本清張のドラマを放送することが増えてきました。清張作品はとっつきやすく、映像化された作品も多いため、ニーズに応えるのには打ってつけといえます。
私は昔から清張作品には接しており、文藝春秋社の作品全集はすべて読みました。その後、清張作品に接することから長いこと離れていましたが、昨年ぐらいから、電子書籍で清張作品を読むことが復活しました。
この土曜日の午後、清張の短編作品をドラマ化した『顔』が放送になり、私は録画しながら、オンタイム(「放送している時間」ぐらいの意味で使っています)でも見ました。
原作の『顔』を、私は昨年か今年のはじめ、電子書籍で読みました。
Amazonが提供する電子書籍サービスに”Kindle Unlimited”があります。このサービスを利用すると、月額980円で、対象の作品を追加料金なしで読むことができます。
大半の電子書籍が対象に含まれているとすれば利用しない手はありません。が、これで読める作品は限られており、サービスを利用することでそれに気がつき、がっかりすることが少なくありせん。
このKindle Unlimitedが、昨年の暮れから今年のはじめぐらいにかけ、3カ月間を299円(だったか?)で利用できるキャンペーンがありました。これであれば、1カ月100円弱になり、私はそれを利用しました。
Kindle Unlimitedの対象作品は、ときどき入れ替えているのでしょう。今は清張作品がひとつも含まれていませんが、お得キャンペーンのときはたしか10作品以上あり、私は時代小説以外をほぼすべて読みました。
その中の一冊に、清張の短編作品『顔』を含む、『顔・白い闇』がありました。この短編集にはほかに、次の短編が収録されています。
・声(1956)
・白い闇(1957)
『顔』は、1956年に『小説新潮』8月号で発表された作品のようです。作品のスタイルは変わっており、主人公の井野良吉が書く日記形式になっています。
日記には日付がなく、日記は続けて書くこともあれば、次の日記まで数日や数週間の空きがあるとはじめに断られています。
時代設定は、作品が書かれた年の昭和31年。良吉は東京にある劇団の団員となって9年になります。この良吉に、映画出演の話が舞い込み、スクリーンデビューが決まります。
売れない役者であれば、逃すことができないチャンスの到来ですが、なぜか良吉は不安になります。自分の顔に見覚えのある人間が、スクリーン越しに自分の顔を見るかもしれないことを恐れるからです。
この原作を、清張生誕100年の年だった2009年に、NHKがドラマ化したものがこの土曜日に放送されたことになります。私はどんな仕上がりになっているか、確かめました。
ほぼ原作に近い話になっていましたが、出てくる役者もそれほどのことがなく、満足は得られませんでした。
この作品は過去に何度も映像化されています。清張は、良吉が特異な顔を持つ男に描いています。それだから、1960年に今のTBSがドラマ化した時に良吉を演じた天野英世は適役であったかもしれません。
この土曜日に放送されたドラマでは、谷原章介が良吉を演じています。こういってはなんですが、谷原の顔はどこにでもいそうで、一度見たら忘れられない顔とはいえません。
原作にはない兵士の恰好もさせていますが、その衣装が見るからに真新しく、真実味が感じられません。
演技もよくありませんね。
NHKはなぜか谷原を気に入っているようで、音楽番組の「うたコン」の司会を4年間させています。
今度の土曜日にNHKは、清張原作のドラマ『証言』を放送する予定ですが、ここでも谷原に主演させています。
『顔』に出演した役者の中では、原田夏希と高橋和也が良かった印象です。
原田は、原作では特別描かれていない女優の役のほか二役を演じていますが、溌剌とした女性の演技は、魅力的に映りました。
また、高橋克也は、原作に書かれたイメージに近い風貌を持ち、見ていてしっくりきました。主役の良吉を高橋が演じたら、もうちょっと違った仕上がりになったかもしれません。
日本のドラマは、概してわかりやすく作り過ぎています。もっと映像に懲り、省略できるところは省略し、見る人の想像を掻き立てるようにすると良いです。
清張は作品で必要に迫られて殺人事件を扱いますが、原作では、殺人の場面はほとんど書かないか、書いても詳しく描写することはありません。多くは、殺された事実を示すだけです。
こんなことを書いたら元も子もありませんが、小説作品は小説の中だけで完結されるべきで、映像化は読者のイメージに任せるべきです。
たいがいは、それぞれの読者が描いたイメージに、映像作品が勝ることはありませんから。
この土曜日に、再び谷原が主演する『証言』を見ようと思いますが、また、不満足に終わることでしょう。